第14話 思わぬ展開
ロサラル王にこの国に古くから伝わる『再来と希望の書』のことについて、ざっくりと説明を受けた梨里香と紫苑であったが、自分たちがその書物に書かれている“聖なる者”と“勇気ある者”であるとは俄には信じがたく、どうすればいいのか解りかねていた。
詳しいことは追々話すとのことであったが、どうやらふたりが『聖なる者と勇気ある者』である証明をするという。
国王はエルトルーシオとアナスタリナに、ふたりをある場所に案内するようにと指示を出した。
しかし、そこに行くまでに少し城の内部についても知っておくべきだと考えた国王は、ある提案をする。
「いきなりこんな話を聞いて戸惑うのは解る。何も急ぐことはない。しばらく城で寛ぐといい」
「え?」
国難が迫るかもしれないというのに、そんなにのんびりとしていてもいいのかという思いからか、梨里香と紫苑は疑問の声を発した。
「なにか良からぬことが起こるかもしれないが、今すぐのことではない。いざというときに対応できるようにとの思いでリリィとシオンを探していたのだから」
「はあ……」
梨里香と紫苑は先ほどまでのたいそうな話で少し危機感を憶えていたが、なんとも気の早い国王の今の言葉で、少し拍子抜けをした様子だ。
とはいうものの、自分たちが今すぐ“聖なる者”と“勇気ある者”として行動するわけではないと知って、少しホッとしているのも事実である。
国王は城で寛ぎながら、ひとりでも不自由なく街に出かけられるぐらいにこの世界に慣れてほしいと言う。
急がなくても良いのならば、もう少しこの城に留まっていろんな所を見て歩きたいと思うのはファンタジー好きの性。
梨里香と紫苑は快い返事をした。
「そこでリリィとシオンのこの城での処遇なんだが」
「はい」
紫苑は緊張の面持ちで国王を見つめる。
梨里香はゴクリと唾を飲んだ。
「私の遠い親戚で、久しぶりに他国からわざわざ顔を見せに来てくれた、ということにする。最高級のもてなしを受けられるようにな」
「ええっ! でも、そんな王族の方のようなマナーとか一切解りませんし、ボロがでちゃいますよ」
国王の言葉に紫苑は驚きを見せる。
「だから、遠い親戚で他国から来た、ということにするんじゃないか」
エルトルーシオはそう言ってニヤリと笑う。
「それに国王の親戚とあらば、使用人も余計な詮索をしにくくなるしね」
アナスタリナの言葉に、梨里香と紫苑はなるほどと納得した。
使用人の中には噂好き、お喋り好きの者もいる。そんなひと達に根掘り葉掘り質問攻めに遭うのを牽制する意味合いも含んでいると理解したからだ。
「では、お言葉に甘えて、少しお城でゆっくりさせていただきます」
紫苑の言葉に、梨里香も横で大きくうなずいた。
「これで決まりだな」
国王は嬉しそうに発した。
「それで」
ロサラル王は続ける。
「ここにいる間は、エルには執事としてふたりの傍にいてもらう」
突然の国王の発表に梨里香と紫苑は驚きを隠せない。
「ええー! そんな! エルさんが執事だなんて」
紫苑がそう発すると、国王は言う。
「そしてアナには世話係としてふたりの傍にいてもらう」
「アナさんが世話係ですって!?」
驚いた梨里香がそう言うと、国王は「これはエルとアナも承知のことだ」と伝えた。
「……でも」
梨里香と紫苑が困惑していると、エルトルーシオが口を開いた。
「これはリリィとシオンを守るためでもあるんだ」
「俺たちを守るためだって?」
「そうだ。国王の親戚となれば待遇も良いし居心地も良いだろう。その反面、危険とも隣り合わせということにもなる。いつ刺客に襲われるか解らないからな」
「ええっ。そんな危険なことがあるんですか?」
梨里香は眉をハの字にして問うた。
「まあね。でも、私たちがそれぞれの役職で傍にいると怪しまれないし、なにかの時にはふたりを護ることもできるから」
アナスタリナの言葉に梨里香と紫苑は複雑な心境になる。
もっと気軽な気持ちでこの城を訪れていた梨里香と紫苑にとっては寝耳に水な話ばかりで、どうすればいいのか即答はできない。
困惑を絵に描いたような表情と態度を露わにしている梨里香と紫苑に、国王は優しく告げた。
「まあ、話がいきなりで戸惑うのも無理はない。今日は取りあえず夕食までゆっくりしているといい。部屋の用意は既に調っているので、案内させよう」
国王の言葉にエルトルーシオとアナスタリナは立ち上がる。
「では。シオンさま、リリィさま、参りましょうか。お部屋までご案内致します」
エルトルーシオのどこから見ても執事という態度に、梨里香と紫苑は流石だと感心する。
そして思わぬ展開ではあったが、「は、はい」と発し、ゆっくりとふたりは腰を上げた。
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