第13話 王の思惑
ロサラル王はしばらくの間、エルトルーシオと久しぶりに楽しいひとときを過ごしていたが、ある考えのもと、エルトルーシオにとある仕事を命じることを伝えた。
それは梨里香と紫苑がこの世界に降り立ったとの報告を受けてから、王が密かに考えていたことである。
「え、俺が? 他に適役がいるんじゃないか?」
エルトルーシオが王にそう返すも、王は首を横に振った。
「いや。エル、お前が一番の適任者だよ」
ロサラル王は、意味が解らないと言いたげなエルトルーシオに、続ける。
「これは極めて重要な役回りだ。信用できる者にしか頼めることではない」
王の言葉にエルトルーシオは「それもそうだな」とうなずく。
「では、頼んだぞ」
「ロサラル王の……いや、親友ロサの頼みとあらば」
互いに『ロサ』『エル』と呼び合い、笑い合うふたりは一国の王と家臣という関係を超えた親友そのものである。
と、そこへ王の間の扉を叩く音が響いた。
「なんだ」
ロサラル王の言葉に、扉の向こう側から大臣と思われる声音が返ってきた。
「少しよろしいでしょうか」
エルトルーシオとの話も一通り終えていたため、王は大臣の入室を許可した。
重厚な扉が開き、少々の笑みを浮かべながら、大臣がそそくさと王の間に入ってくる。
ロサラル王とエルトルーシオは、揉み手をしながら近づいてくる大臣に目をやった。
親友との語らいを邪魔された王は、また下らない好奇心を向けられ、いつものように質問攻めにあうのかと、少し不機嫌さを滲ませて大臣に言う。
「一体何ごとだ」
「夕食はいかがなさいますか?」
大臣の突拍子のない言葉に拍子抜けをした王は、眉をハの字にしながら「わざわざそんなことを聞きに来たのか?」と返した。
「はい。エルトルーシオ様もご一緒に召し上がるのなら、調理係に申しつけますので」
「ほう。それは気が利くな。では、頼む」
「それでは失礼致します」
そう言うと大臣はニヤニヤしながら王の間から出て行った。
ロサラル王とエルトルーシオは互いに顔を見合わせ、たったそれだけの用事でわざわざ大臣が来たとは信じがたいというように、小首をかしげてアイコンタクトをする。
「まあ、続きは夕食の時に話そう。エルも疲れただろう。夕食まで部屋で休むといいよ」
その言葉にエルトルーシオは「ありがたき幸せ」とおどけてみせる。
ふたりは、声を出して笑い合った。
少し警戒していたロサラル王とエルトルーシオであったが、夕食時は特に何事もなく、ふたりで楽しい時間を過ごすことができた。
大臣が珍しく気の利いたことをしてくれたと、感謝の気持ちを抱きながら。
その夜は疲れからか、エルトルーシオは城内にある自室に戻ると、倒れ込むようにベッドにつき、そのまま朝までぐっすりと眠ることができた。それどころか、朝になっても気づかぬぐらいで、部屋の扉をノックする音で、ようやく目覚めたのである。
エルトルーシオは身支度を整えて、王に出立の挨拶を済ませ、城を後にした。
☆ ☆ ☆
港街での生活にもすっかり慣れて、知り合いもできた梨里香と紫苑。
今日もふたりはとっておきの場所に向かう。
アナスタリナに教えてもらた街中が見渡せて、広大な海も一望できる場所だ。
そこは今も使われている灯台ではあるが、光や他のものを動かす“機械室”と呼ばれる部屋以外は、梨里香と紫苑は自由に出入りしても良いとの許可をもらっている。もちろんアナスタリナの口添えがあってのことではあるが。
梨里香と紫苑は、この灯台の最上階から見る眺めが好きだった。
見下ろす街は活気づいていて、行き交う人々も生き生きとしている。その光景を見ているだけで元気がもらえる気がするし、見渡す海は広大で、深さによっていろんな“碧”を楽しめる。その向こうにはなにがあるのかと、ふたりの好奇心をくすぐる。
そんな場所で、ふたりはああだこうだとたわいない話をするのが最近のお気に入りだ。
「梨里香、紫苑、いるかい?」
ふたりを呼ぶアナスタリナの声が聞こえてきた。
「はーい」
梨里香が答えると同時に、アナスタリナは屋上の扉を開けた。
「よっぽどここが気に入ったようだね」
「はい。とっても!」
梨里香と紫苑は元気よく答える。
アナスタリナは微笑みを返して告げた。
「エルトルーシオが帰ってきたんで、ふたりとも家に帰ってきてくれる? なんか話があるらしいよ」
「あ、エルトルーシオさん、帰ってきたんですか」
梨里香が言うと、「話ってなんですか?」と紫苑は質問する。
「まあ、帰って直接聞いてくれるかい」
アナスタリナの言葉にふたりはうなずき立ち上がる。
そして3人は灯台から家――つまり宿屋に向かうのだった。
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