第13話 自己紹介
梨里香と紫苑が2階の部屋で寛いでいると、そろそろ出かけようかと声をかけられる。
ふたりはいそいそと階下に向かい、女性の隣に立った。
これから梨里香と紫苑は女性とともにこの港街を散策する、というか女性に案内してもらいながら街を散歩するということになっているが、料理人の男性は用事ができたとのことで、梨里香たちを見送ってから出かけるという。
その時、ふと女性に言われて、梨里香と紫苑はハッとした。
「そういえば、名前をまだ聞いていなかったわね」
そうだ。自分たちが名乗っていないばかりか、女性の名前も料理人の名前も知らない。名も知らぬひと達のところで食事をご馳走になり、宿泊までさせてもらったなんて。
と、梨里香も紫苑も、自分たちがいかに舞い上がっていたのかと、少し反省した。
「いろんな出来事があり、つい忘れていました」
「名前も知らないオレ達に親切にして下さってありがとうございます」
梨里香と紫苑はそれぞれ言葉を述べる。
「そんなことはいいさ。アタシも名乗っていなかったわけだし」
そう言って、はははと笑い飛ばして女性は続ける。
「アタシはここの宿屋を任されているアナスタリナ。アナと呼ばれてるよ」
「アナ……さん。私は梨里香です。よろしくお願いします!」
「アナさん。オレは紫苑って言います。どうぞよろしく」
アナスタリナに続き、梨里香と紫苑も自己紹介をした。
宿屋を任されているという言葉に反応し、紫苑が「宿屋を任されているということは……」と言うと、「ああ。お城からのお達しでね」とアナスタリナは軽く返す。
“お城からのお達し”とはどういうことなのかと小首をかしげる紫苑たちに、料理人が言葉を発する。
「私はエルトルーシオだ。ここの宿屋ではたまに料理やその他手伝いなどをしているが、使用人ではない。仕事は別にある」
「えっ」
てっきり彼はここの料理人だと思い込んでいた梨里香と紫苑は、驚きの言葉を漏らす。
「料理人は他にいるからね。昨日は特別な料理をご馳走したくって、彼に頼んだのさ」
それを聞いて、梨里香と紫苑は「なるほど」と納得した。
「じゃ、自己紹介も済んだことだし、アタシ達はそろそろ出かけるとしようか」
アナスタリナの言葉にうなずいた梨里香と紫苑は、エルトルーシオと軽く別れの言葉を交わす。
3人は宿屋を後にし、それを見送ってひとり残ったエルトルーシオは慣れた様子で出発の準備をする。
彼はこれから早馬を走らせ、城に向かうつもりだ。どんな思惑があるのか。
そんなこととはつゆ知らず、梨里香と紫苑はアナスタリナに連れられて港街観光を楽しんでいた。
と、いろんなところを見て回り、楽しく過ごしていた3人の前方から見覚えのある一行が近づいてくる。
それにいち早く気づいた梨里香は恐怖の声を漏らす。
紫苑は梨里香をかばおうと前に立ち、その男たちの方を睨みつけながらアナスタリナに伝えた。
「アナさん、前から来るのは昨日、隣のお店でオレ達が捕まってたヤツらですよね」
そう言われてアナスタリナが前を向くと、昨日の荒くれ者たちがすぐそこまでやって来ていた。
アナスタリナは荒くれ者たちに右手を挙げて、軽く会釈をする。
その行動にヒヤリとした梨里香と紫苑であったが、アナスタリナの行動を見守ることにした。
アナスタリナに気づいた荒くれ者たちは、ヘラヘラと笑いながら3人の元に近づいてきて、そのうちの頭が梨里香と紫苑に声をかけた。
「昨日は悪かったな。ちょうど下働きのヤツらが田舎に帰るとかで辞めちまったんで、大急ぎで仕事のデキる若い働き手を見つける必要があったんだ」
いきなりの頭からの謝罪に驚きを隠せない梨里香と紫苑。
「え?」
と言葉を発するのに精一杯の梨里香。
対する紫苑は少し冷静で、頭の謝罪を受け入れる。
「いえ。少々驚き、怖い思いもしましたが、乱暴されることもありませんでしたので」
すると頭はガハハと豪快に笑いながら言った。
「なかなか大したヤツだぜ。気に入った。一緒に仕事したかったぜ」
そう言われて紫苑は照れ笑いの様子で、人差し指で頬を掻いている。
「あ、そうだ。アタシは少し頭と話があるんで、そこの雑貨屋にでも行っててくれるかい?」
アナスタリナに促されて、梨里香と紫苑はいろんな品物で溢れる雑貨屋に向かった。
ふたりが店内に入るのを見届けてから、アナスタリナと頭は言葉を交わす。
「アナ、昨日は急に呼び出されて頼まれたから仕方なくああしたけど」
頭に言われ、少々苦笑いのアナスタリナであるが、「助かったよ」と返した。
「オレたちゃ見た目は厳ついかもしんないけど、根は優しいんだぜ。あんな子供に、こころが痛んだぜ」
「悪い悪い。あのふたりにどうしてもアタシを信用させたかったんで、あの方法が手っ取り早いかなと思ってさ」
「それにしても、あんなに怖がらせちまって」
「でもお陰であの子たちがどういう性質の人間なのかようく解ったよ。後はこのまま信頼を得ていくだけさ」
「上手くいくことを願ってるよ」
「ありがとう」
そう言ってアナスタリナは、雑貨屋で楽しそうに店内を回っている梨里香と紫苑に目をやった。
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