第12話 懐かしい味
知らない土地で少々危ない目にも遭ったが、颯爽と現れた美女に助けられ、おまけに夕食と宿泊場所まで一気に確保できた梨里香と紫苑。
ひとまずはこれで安心だと、ほっと胸をなで下ろした。
その後その女性と3人でたわいない話に花を咲かせ、小一時間も経った頃だろうか、奥からワゴンに乗せられた夕食らしき物が運び込まれてくる。
先ほど女性が奥に入って、食事を作るために雇っている料理人に夕食の準備をするようにと告げていたようだ。
料理人と思しき男性は、梨里香たちが座っているテーブルのところまで来て、「おまちどおさま」とニコリと笑んで、テーブルに料理を並べていく。
「あ!」
料理から溢れ出るその匂いに、梨里香は思わず声を上げた。
「うわっ!」
紫苑もそう発し、ふたりは顔を見合わせる。
「なんだい?」
女性にそう問われるが、梨里香も紫苑も「いいえ」「別に」とそれぞれ言葉を濁した。
梨里香と紫苑は自分たちの前に用意された夕食を見て、驚きを隠せない。
なぜなら、そこには見覚えのある食材で作られた馴染みの献立。
自分たちの住む世界とは異なる世界で、食材はもちろん、食事だって珍しいものが出てくると思い込んでいたふたりは、意外な展開に少し拍子抜けをしたようだ。
と同時に、これならここでもやっていけそうだと、安心感も芽生えた。
ふたりは懐かしさに思いっきりその“香しい”匂いを吸い込んだ。
「お腹すいたろう? さあ、遠慮なくお食べ」
女性にそう言われて、梨里香と紫苑は両手を合わせ「いただきまーす」と上機嫌に木製のスプーンを手に取る。
ふたりはとろみのあるその食べ物を、ライスらしき白い粒と一緒に口に含んだ。
「おいしー」
梨里香と紫苑はほぼ同時に声を上げた。
「ふふ。口に合ったようだね。たくさんお食べ」
女性は美味しそうに頬ばるふたりを満足げに眺めている。
梨里香と紫苑はあっという間に出された料理を平らげた。
その様子を見て、女性はふふふと笑い、「おかわりするかい?」と聞く。
ふたりは出会ったばかりのひとに、食事や宿を提供してもらうだけでもありがたいし、恐縮しているのに、おかわりまで頼むのは少し図々しい気がして、「いえ」と短く答えた。
「なんだい、遠慮してるのかい? この家で遠慮は無用だよ。まだ若いんだし、そんなに気を使う必要はないさ」
「じゃあ、お言葉に甘えていただきます!」
梨里香と紫苑はよほどお腹がすいていたのだろう。それとも懐かしさからか、美味しかったからか、おかわりを頼んだ。
提供した料理を気に入ってもらえて、女性も料理人も嬉しい表情を浮かべる。
おかわりを待つ間、梨里香と紫苑は、女性に素朴な疑問をぶつけてみた。
「あの……この食べ物は私の大好物にそっくりなんです。この土地で食べられるとは思っていなかったので、ビックリしました」
「俺も好きなんです。こちらではこの食べ物をなんと呼ぶのですか?」
「ああ、それは昔あるひとが作ってくれた料理でね。とっても美味しかったから作り方を教わったのさ。なんでもそのひとが考案したらしいけど。名前はなんて言ったかな。『サトイ・モカレイ』だったかしら」
「へぇ。サトイ・モカレイか。美味しいです」
紫苑は初めて聞く名前に興味津々で続けた。
「中に入っている食材は、こちらで採れる物なんですか?」
紫苑が問うと、女性は小首をかしげながら答える。
「そうだよ。野菜はどこでも採れるだろうに。変なことを聞くねぇ」
女性の言葉に、なんだ、現実世界と大して変わらないじゃないかと安心し、でも、少々変に思われている気がして、「そうですよね」と苦笑した。
「サトイ・モカレイ。サトイ・モカレイ」
梨里香が繰り返しその名を口にしているのを聞いて、「なんだよ。呪文みたいだな」と紫苑は笑う。
しかし梨里香はその名をどこかで聞いたことがあるような気がして、何度も何度も繰り返していた。
「サトイ・モカレイ……あっ!」
その瞬間、梨里香はその名前に気づいた。
「なんだよ、急に大きい声出して」
紫苑に言われて、ハッと口を押さえる梨里香だが、もう聞かずにはいられない。
「サトイ・モカレイって、もしかして『里芋カレー』じゃないですか?」
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