第1話 はじまり(2)
この雨が、雷が止めば。
そう思えど、一向に止む気配はない。
数分間も雨に打たれ続けたので、身体も冷えてきた。
梨里香は、今は祖父母の家を目指すよりも、どこか雨宿りができる場所がないか探すことにした。
そこで雨をよけながら、電話をかけて迎えに来てもらおうと考えたからだ。
道はいつの間にか舗装された道路から泥道へと変わっていた。
慣れない道を梨里香は一生懸命進んだが、ぬかるみに足を取られて転んでしまう。
それでも負けずに立ち上がって、ただひたすらに足を動かしていた。
梨里香は、立ち上がっては進み、進んでは転び……と繰り返しながら、雨宿り先を探し彷徨い、ついには大きな木の根元で力尽き、とうとう座り込んでしまった。
元来、梨里香は明るく前向きな性格の女子高校生だ。
楽しいことや可愛いものが大好きで、いつも友人達と冗談を言っては笑い転げ、元気な高校生活を送っている。
少々のことではへこたれない、いつも物事が良い方向に向くようにと考える少女である。
だがそんな梨里香でも、もうこれ以上は歩けない。どうしてこんな所に迷い込んでしまったのだろうと心細くなり、目に涙が浮かんだその時だった。
滲む瞳の向こうで、遠くにぼんやりと浮かぶ灯りを見つけた。
もしかすると、民家があるのかもしれない。
そこまで頑張ってたどり着けば、雨宿りをさせてもらえるかも、助けてもらえるかもしれない。
その時、急に声が聞こえた。
「さあ、早く!」
「え?」
梨里香は少年に手を引かれて、駆け出した。
突然の出来事になにがなんだか解らず、でも手を引かれるままに走った。
少年と走るうちに、心細く、疲れていたこころも身体も次第に希望へと変わり、梨里香はもう少し頑張ろうと思えるようになっていった。
途中何度かくじけそうになったけれども、「大丈夫」「もう少しだから」「頑張って」とどこからか聞こえた優しげな声に励まされているように。
彼女は力を振り絞って、まだ続く大雨の中、泥道を歩んで行った。
「うっ」
ふたりは雨の中、ぬかるんだ道なき道を走っていたが、足を取られて転んでしまう。勿論手を繋いで走っているのだから、片方が倒れればもう片方も倒れるのは必然だ。
ふたりは立ち上がっては進み、進んでは転び……と繰り返しながらただひたすらに走った。
それから少し経ってようやくたどり着いたそこには、小さな山小屋と思しき建物があった。
梨里香は誰かいるのかと、窓から中を覗いてみたが降りしきる雨でよく見えない。
ただわずかに揺れる光が内側から梨里香を誘っているかのように感じられた。
梨里香は少年の方を見る。
すると少年は梨里香になにか言いたげな様子で、目線を横に向けた。
その視線の先にと目をやると、入り口らしき木製の扉がある。
ちょうどその扉の上には小屋根がついていて、その下に行けば雨はしのげるだろう。
ふたりはその入り口の前に立ち顔を見合わせ、少しの笑みを交わす。
だがそこで雨宿りをするよりは、梨里香は誰かいるのなら助けて欲しい、雨が止むまで雨宿りをさせて欲しいと頼んでみようと、扉をドンドンと叩いた。
しかし小屋の中からは返事が返ってこない。
「聞こえないのかな」
梨里香はそう呟いて、今度はもっと力を込めて木製のドアを叩く。
この大雨の音でかき消されないように、何度も何度も。
しかし誰も答えてはくれなかった。
梨里香は少年の方を見たけれど、彼はなにも言わずにただ微笑んでいるだけ。
いつまでもこんな所にいるわけにはいかない。なんとかして小屋の中で休みたいと思った梨里香は、ドアの取っ手に手を掛けて、開けようと試みた。
そおっとドアノブを回し、押してみる。
お願い、開いて。
そう心の中で念じて。
すると梨里香の願いが通じたのか、ドアにはカギがかかっておらず、ゆっくりと開いたドアの隙間から中の様子が確認できた。
先ほど窓から見えたわずかに揺れる光は、正面に据え付けられた暖炉の炎であった。
他に照明もなく、小屋の中には人の気配もない。
丸太を組み合わせて作ったような山小屋で、八畳ほどの小さな小屋であったが、雨に濡れて冷たくなった身体を休めるには充分だった。
おあつらえ向きに暖炉まである。
梨里香は小屋の中央に進み、灯りの元になっていた暖炉に目をやる。
そして迷わず暖炉の前に歩み寄り、冷えた身体に熱を送り込む。
「あったかい」
そう呟いて、ここまで連れてきてくれた少年にお礼を言おうと振り返った。
だがそこには誰もいない。
「え」
思わず声を漏らした梨里香であったが、状況が上手く把握できずにいた。
お読み下さりありがとうございました。
次話「第1話 はじまり(3)」もよろしくお願いします!