第12話 連れられて
荒くれ者に捕まり、木造の店の奥に連れて行かれた梨里香と紫苑。ふたりはどこかに連れて行かれ、下働きをさせられるのかと懸念していたところに現れた豊麗な女性。
彼女は「この子たちはアタシが預かる」とふたりに光を与えてくれた。
しかし荒くれ者の頭がそう簡単に梨里香と紫苑を手放すとは考えにくい。
それにこの女性が良い人なのかどうかも解らない。このまますんなりとついて行ってもいいものだろうか。もしかすると、ただ単に下働きとしての働き先が変わるだけかもしれないし。
そう思いながらも、ふたりは促されるまま立ち上がり、不安な気持ちで紫苑が女性に声をかけた。
「あの……」
するとその女性は目を細め、うっとりするぐらいの美しい温容で微笑む。
「怖かったろう? でももう心配はいらないよ。全てアタシに任せな」
女性の言葉に頭は「そう簡単にいくと思うなよ」と発する。
それを聞いてその女性は渋面を作り、返す。
「なにウジウジ言ってんだよ。アタシが預かるって言ってんだ。四の五の言わず、とっとと失せな!」
彼女の言い草に、頭たち荒くれ者は、ふうと息を吐いた。
「ちぇ、こえーこえー。行くぞ!」
頭の声に手下は驚いた表情を浮かべるが、頭が言うなら仕方がないと、頭に続きその場を後にした。
「さ、アタシ達も行こうか」
彼女の言葉にふたりは「え?」と声を漏らす。
行こうと言われても、彼女が何者で、一体どこに行こうというのか。
また、なんの為に自分たちを助けたのか、など疑問は尽きない。
そんな梨里香と紫苑の不安げな顔色に女性はにこりと笑んだ。
「安心おしよ。なにも取って食おうってんじゃない。不安なのは解るけど、ここは信用してもらわないと。それともアタシは信用ならないかい?」
「いえ。そんな」
紫苑は短く答えた。
「なら決まりだ。さ、ついておいで」
そう言うと女性は店の出入り口の方へ歩き出した。
梨里香と紫苑は顔を見合わすも、右も左も解らぬ異世界でせっかく知り合った人に置いて行かれぬよう、取りあえず後について出入り口に向かう。
ギイと音を立てて開けられた扉。
紫苑たちが連れて来られた頃には薄暗かった外の景色も、今は街灯が照らす夜となっていた。
女性に連れられてどこまで行くのか……と思っていたふたりだが、彼女は先ほど紫苑と梨里香が捕まっていた建物のすぐ隣の扉の前で立ち止まる。
「さあ、ここだよ」
そう言われた建物は、ふたりが薄暮の中、活気に満ちた港街に圧倒されて、少し様子を見ようと移動したレンガ造りの大きな建物だった。
木造の重そうな扉に手を掛け、女性はゆっくりと押す。
中に入るように促され、ふたりは言う通りにした。
「ところで。この辺では見かけない顔だけど、あんた達はどこから来たんだい?」
そう聞かれて事情を説明するわけにもいかず、言葉を濁す紫苑。
「あ、その……遠い所からやって来ました」
確かに遠い所からやって来たことには変わりない。ウソはついていないと、梨里香も大きく頷く。
「それで、どこに行くつもりだったんだい?」
「それが……」
“どこ”と言われても、この世界のことはなにも知らないのだから、土地勘などまるでないふたりは、言葉に詰まってしまう。
すると女性は「おやまあ。大きな迷子だねぇ」と笑い、それ以上の詮索はしなかった。
とそこで、また梨里香のお腹がぐうと鳴る。
「ふふふ。お腹がすいているのかい? 今用意させるから食べるといいよ」
そう言って彼女は奥に入っていった。
ふたり残された梨里香と紫苑はこれからどうするのか話し合った。
取りあえず良い人そうな女性の言葉に甘えて、食べ物を胃に入れようと話はまとまったのだが、そこで紫苑の脳裏に、ふと不安が過る。
「食べ物って、どんなものが出てくるんだろう。見知らぬ世界の見知らぬ食材でできた見知らぬ食べ物なんて、ちょっとビビる」
紫苑の言葉に梨里香はニカッと笑って答えた。
「それがめちゃ美味しいかもよ~」
梨里香の圧倒的な前向き思考に苦笑いを見せながらも、紫苑は内心梨里香の性格が前向きで良かったと感じ、「そうだな」と返す。
とそこへ女性が奥からふたりの元へ帰ってきた。
「ところでさあ。あんた達、今夜泊まるところはあるのかい?」
「泊まるって……」
梨里香も紫苑も今夜泊まる場所のことなど全く考えていなかったので、答えられずにいた。
それを見て彼女は言う。
「その様子じゃなさそうだね。じゃあ泊まっておいきよ」
親切な女性の提案に甘えても良いのだろうか。
梨里香と紫苑はどうすべきか迷う気持ちがあり、すぐには答えられずにいる。
すると彼女はニヤリとしながら発した。
「嫌ならいいんだよ。別に強制してるわけじゃないんだから。お腹いっぱい食べた後は、好きにするといいさ。だけど外はもう夜。さっきみたいな荒くれ者がうろうろしてるかもしれないけどさ」
それを聞いて梨里香と紫苑は同時に答えた。
「お言葉に甘えて、泊まらせてもらいます」
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