第11話 港街へ
考えていても仕方がない、とにかく行動してみようというのが梨里香の性分で。
紫苑は少々の不安を憶えながらも、梨里香とともに港の方に歩き出した。
お腹が空いたから港街へ。
そこでなにか食事にありつけるかもしれないから。
そういう単純な理由で港街へと向かうが、梨里香も紫苑も異世界を行くのははじめて。
今後どうしたいか、どうしていきたいのか……ということは、今の時点では考えていない。
それどころか、もし上手く食事にありつけても、その後どうするか、夜になったらどうなってしまうのかということまで考えが及んでいない。
今はただ、物珍しい異世界の風景に気分が高揚しているのだ。
西日がさして、ふたりの顔を紅く染める。
振り返ると大きく伸びた影がふたりを追いかけてくる。
「夕暮れの海も素敵だけど、もっと碧い海も見たかったなぁ~」
梨里香は西の水平線にさしかかるオレンジ色の塊を見つめながらそう言った。
「真夏の海、みたいな?」
紫苑の問いに、梨里香は「そうそう! いろんな青を堪能したいっていうか。そしてだんだんと陽が傾いていくと同時に移り変わる彩り。素敵よねぇ」と答えながら斜め上を見つめ、すっかり空想モードに入っている。
「ちゃんと前を向いて歩けよ」
危なっかしい梨里香に、紫苑は保護者のように声をかけた。
「はーい」
と返事をし、前を向く梨里香。
しかし雄大な夕景に梨里香はすっかり魅了されている様子で、紫苑の言葉は半分ぐらいしか入ってこない。
「なんだかロマンチックねぇ」
梨里香は足を止め、目を細めながら海に溶けゆく橙色を眺めていた。
「ホントだな。恋人同士とかで眺めたらいい感じだろうな」
紫苑も梨里香の隣に立ち、夕陽に見入っている。
朱やオレンジに橙色。
鮮やかな空。
手前の方はうっすらと紫がかって、幻想的な雰囲気を醸し出している。
「確かに。紫苑とじゃ雰囲気でないよね~」
ふうと息を吐きながら言う梨里香に「それはこっちのセリフだよ」と返す紫苑。
それに対し、「言ったなぁ~」「お互いさまだよ」などと言い合っている姿は、はたから見ると微笑ましく映っていることだろう。
そうこうしているうちにも時間は過ぎてゆく。
はじめて向かう港街。
明るいうちでもどんなところかわからない場所に行くのは不安がある。
ましてや、夜になってしまったらよけいになにか起こりそうで、気がかりになってしまう。
ふと現実に戻り、紫苑は今後のことを考えなければと思った。
紫苑も本当はゆっくりと景色を眺めていたい気持ちもあるが、なるべくリスクを最小限に留めたいと考えている。
紫苑は、陽が沈んでしまうまでに目的地に到着したかったので、出発を促す。
「さあ、そろそろ行かないと」
「そうね」
梨里香も目的地に向けて歩き出した。
だんだんと近づいてくる街並みに、梨里香はわくわくしている。
紫苑も今まで見たことのないような風景に、期待がふくらむ。
ふたりは黄昏に染まる情景への名残惜しさを振り切って、港街へと急いだ。
しばらく歩くと、目の前には活気に満ちた街並みが現れた。
夕刻という時間帯が、人の行き来を活発にしているのかもしれない。
その様子を目にして、今の梨里香の頭の中はすでに切り替わり、今度は港街のことでいっぱいである。
「うわあ。これが港街かぁ」
目を輝かせながら、梨里香はキョロキョロと目新しい光景に少し興奮気味に発した。
紫苑は「やれやれ」とでも言いたげな面持ちで、チョコチョコと動き回る梨里香の後をついて回っている。
少し歩き回ったところで、紫苑は梨里香に声をかけた。
「梨里香、お腹減ってたんじゃないのか?」
急に思い出したような顔で梨里香は言う。
「あ、ホントだ。忘れてた!」
紫苑は少々呆れた様子を滲ませたが、梨里香らしいと微笑ましくも思えた。
ふたりは活気に満ちた港街に、少し圧倒されている。
しかも辺りは薄暮に包まれて、どこに行けばいいのか解らず、その場で少し様子を見ようと近くにあったレンガ造りの建物の壁際に移動した。
レンガ造りや木造、石造りと建物ごとに仕様が異なり、一体どの建物がどういう場所なのか一見では判断できない。
紫苑が誰かに声をかけて聞いてみようと思ったときだった。
梨里香と紫苑が立っていたレンガ造りの建物の隣にある、木造のお店のような建物の扉が勢いよく開き、中から強面の男性が数名、よろよろとした足取りで出てくる。
驚いた梨里香と紫苑は、その男たちの様子を窺っていた。
すると先頭に立つ男がゆっくりと周りを見回す。
そして梨里香と紫苑を見つけると、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、ふたりに近づいてきた。
梨里香と紫苑は、一瞬身構える。
ふたりに近づいてきた男は、顔を上げ大きな声で放った。
「おい、そこのふたり!」
いきなり声をかけられて、梨里香と紫苑の全身に緊張が走る。
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