第11話 たどり着いた先
梨里香と紫苑は、何者か解らない影と追いかけっこをしているうちに、気づけば森の終わりと思われるところにまで到達していた。おかげで地理の解らない森で迷うことなく、次の場所へとたどりつくことができたのだ。
広葉樹の森を抜けた先には、どこまでも続く草原が広がる。
その風景を見て、ふたりは「おお!」と声を発さずにはいられなかった。
この瞬間に、ふたりの頭からはすっかり影のことは忘れられている。
梨里香と紫苑は広葉樹の森を背にして、辺りを見渡した。
澄み渡る紺碧を映し出す、雲ひとつない空。
草花を揺らす清々しい風が、草原を吹き抜ける。
ふたりは明るい日差しを浴び、爽やかな風を受けながら大きく伸びをして、気持ちの良い空気を思いっきり体内に取り込んだ。
草原の向こうの左手にはふたりの後ろからずっと続く森のような景色。右手には少し先に街があるようで、そのずっと先には大きな城のようなものがそびえている。
そしてふたりの正面、遠目には遙かに続く海が見えた。
広大な景色を前に、しばらくふたりは絶句していたが、ふと梨里香と紫苑はこの景色に既視感を憶えた。
というか、気づいたのだ。
左手にある森の手前には、見覚えのある平らで大きな岩がある。
そう。ふたりは顔を見合わせた。
「あの岩」
梨里香の声に紫苑は「ああ」とうなずく。
ふたりは思わず“あの大きな岩”のところまで走った。
遠目で見たより実際には距離はあったが、息を切らしながらやっとの思いでたどりついて、前に訪れたときと同じようにその大きな岩を背に、ふたりはぐるっと辺りを見回す。
遙か向こう正面に街のようなものがあるし、その先には大きな城のような建物が見える。
右を向いてみると遠くに山々がそびえ、後ろを振り返ると大きな森があり、左手の方には海がある。
「同じだな」
紫苑は確信した。
今回彼らが迷い込んだのは、やはり前回と同じ世界ではあるが、違う場所に到着していたと思われる。
「なんかちょっと安心した」
梨里香は少し嬉しそうに言いながら、大きな岩に腰かけた。
紫苑も隣に座って、ふうと息を整える。
「で。これからどうする?」
紫苑の問いかけに梨里香は少し考える素振りを見せた。
「うーん。そうねぇ。これといって予定もないし」
「まあな。じゃあその辺をぶらぶらするか?」
「散歩?」
「散策だよ」
紫苑は「こんなところまで来て散歩かよ」とツッコミながらも、梨里香のそういう天然系のようなところが可愛く思えた。
梨里香の方は散策という言葉に、好奇心がムクムクと湧き上がる。
しかしどこからどう散策をすればいいのか悩むところであり、導き出した答えが正解かもわからない。
そう。人生は選択の連続である。
「じゃあ、どっちに行く?」
梨里香の問いに紫苑は「梨里香の好きにすればいいよ」と笑む。
「そんなこと言っていいの?」
「もちろんだよ。で、どっちに進む?」
「そんなの決まってるでしょ」
可愛くウインクをして見せた梨里香に、少しドキリとした紫苑ではあったが、平静を装う。
そんな紫苑のこころもつゆ知らず、梨里香は大きな岩からズンズンと草原を歩き始める。
紫苑もやれやれとでも言いたげな表情で後に続く。
「でもさぁ。なんでそっちなんだ?」
前を行く梨里香に紫苑は問いかけた。
「だって、あの海がどこまで続いてるのか見てみたいから」
「確かに」
紫苑は向こうに広がる海辺に行きたいと思っていた。
ここから見える海のその先にはなにがあるのか、西側には建物らしきものも見え、港やちょっとした街があるのかもしれない。
それを確かめるためにも、海に行くべきだと紫苑は考えていた。
しかしそれはあくまで地形を把握するためで、多少の好奇心はあったが、梨里香のように冒険心だけではなかった。
ここは自分たちの住む世界とは異なる世界。
行く先になにが待ち構えているかも解らぬ未知の土地。
楽しみながらも気を抜かずに進んで行く必要がある。
* * *
真上にあった太陽も、梨里香と紫苑の右手の方に傾いて、辺りは幻想的な薄桃色と薄紫に包まれる頃。
やっとのことでふたりは海に向かって少し傾斜した草原の先を、砂浜までたどり着いた。
「結構歩いたね」
少々疲れ気味の梨里香は言う。
「いやぁ、思ったより遠かったな。同じ景色が続くと距離感が麻痺するってことか」
紫苑は「なるほど」とひとり納得していた。
心地良い海風がふたりの疲れた身体をなでてゆく。
「でも、この景色を見たら疲れも吹っ飛んじゃうよね」
「そうだな」
そう言ってふたりはしばらく、その薄暮に染まる佳景に見とれていた。
しかしその折角の癒しタイムを破ったのは、小さな虫の声。
ぐうと鳴るお腹の虫に、梨里香は少し恥じらいを見せる。
「そういえば、お腹すいたよな~」
紫苑の言葉に梨里香は、うんうんと大きく首を上下する。
「なにか食べるって言ってもなぁ」
と、紫苑は右手にある建物の方に目をやった。
その向こうには停泊中の船があり、どうやら港があるようだ。
「あそこで食べられないかな?」
梨里香は言うが、こんな異世界でなにか食事にありつけることはできるのだろうかと、紫苑は少し不安を滲ませた。
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