第11話 冒険のはじまり
針葉樹と広葉樹。それぞれから成る森。
それどころか、その中心にある大きな木は、他のどの木とも同じではない。
梨里香と紫苑はこの大木の周りだけ、いや、この広場だけがまるで別世界のように感じていた。
針葉樹の世界と広葉樹の世界を別つ空間。特別ななにかがある空間。そんなイメージを抱きつつこの先進むべき方向へと目をやる。
梨里香と紫苑は針葉樹を背に、広葉樹の方へと歩みを進めて行った。
見上げると太陽は真上にきており、通常なら――梨里香と紫苑が普段生活している場所なら、この時期、日差しは眩しく、ただ立っているだけでもじんわりと汗が滲んできてもおかしくない状況だ。
しかしこの開けた場所は、太陽の照り返しもなく、蒸し暑さも感じられない。
それどころか、心地良く吹く風が気分を和ませてくれる。
それは、そう。春の陽だまりのようでもあり、秋の爽やかな風さえも感じられる場所。
梨里香と紫苑はそれぞれ、同じような感覚でこの場所を捉えていた。
「どこへどう進めばどこに着くのか解らないって、ちょっと不安な気もするけど、この場所はなんだか嫌な感じがしないね」
梨里香の言葉に紫苑はにっこりと笑いながら答える。
「そうだな。ちょっと素敵な場所を探検してると思えば、不安はわくわくに変わるんじゃないか?」
「そっか。冒険だ! 道わかんないけど、どんどん行こう!」
瞳を輝かせながら拳をつきあげ、元気よく発した梨里香のセリフに苦笑しながらも、紫苑は「冒険のはじまりだ!」と梨里香に調子を合わせ、拳をつきあげる。紫苑はこの状況を楽しもうと考えた。
梨里香も紫苑も「風が気持ちいいね」などと会話を弾ませながら上機嫌で歩みを進め、さあ、広葉樹が広がる森へと一歩を踏み入れようとしたときだった。
聞き慣れない音が、ふたりの後方から聞こえてきた。
それに気づいた紫苑は足を止める。
「しっ」
紫苑は人差し指を口もとに立てて、静かにするように促す。
後ろになにかの気配を感じながら、紫苑はゆっくりと振り返る。
しかしそこにはなにもなく、ただ爽やかな風が吹き抜けるだけであった。
確かに動物のうなり声のようなものが聞こえたはずだと思いながらも、紫苑はまた前を向く。
梨里香は紫苑に「どうしたの?」と尋ねる。
「いや、べつに。気のせいだ」
紫苑は梨里香に不安を抱かせないように、梨里香にはなにも告げずにいた。
しかしなにかを感じ取っていた紫苑は、気を緩めずにまた足を動かしはじめる。
広葉樹の森に一歩を踏み入れると同時に、空気が変わる気配がした。
ふたりはそれに気づき、顔を見合わせる。
梨里香と紫苑は覚悟を決め、うなずき合って森へと入って行った。
森へ入ると、そこは先ほどと同じく小鳥がさえずり、心地良い風が吹き抜ける。
やはり森だというのに湿っぽくはなく居心地が良い。
そこここに木漏れ日が見られ、温かな雰囲気がある。
まるでおとぎ話にでてきそうな場所。
しかしその後もうなり声のようなそれは、紫苑の耳に届いてきた。
今度は歩みを止めると同時に勢いをつけて振り返る。
しかしそこには先ほどと変わらない景色が広がるだけだった。
そうこうしながらふたりが広葉樹の森の奥深くにまで達したとき。
風ではないなにかが木を揺らしたときのような、自然でない葉音が聞こえる。
紫苑と梨里香は自分たちがそれに気づかれないように、あくまでも明るく話をしながら、その葉音の方にさりげなく目線を動かす。
と、そこにはなにかがいる気配はあるが、梨里香と紫苑がそれをなにかと認識する前に、それは木の陰にサッと身を隠す。
ふたりはアイコンタクトで話を続けながら、そのなにかがまた現れるのを待つ。
案の定、また木の間からチラリと影が見えた。
ふたりは楽しげに話をしながらも、その影の方へと少しずつ近づいていった。
しかしもうすぐ確認できそうなところまで行くと、その影はまた走り去る。
そんな風に、その影との“追いかけっこ”を繰り返しながらも、その影がふたりに害を及ぼすものではないと直感的に感じた梨里香と紫苑は、途中からその“追いかけっこ”を楽しんでいた。
そうこうしているうちに、梨里香と紫苑はいつの間にか森の終わる地点まで達していた。
森を抜けるとそこには……。
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