第11話 大きな渦
梨里香と紫苑が覚悟を決めて手を繋ぎ、大きな渦に飲み込まれていってからしばらく。
ふたりは森の中で目覚めた。
森といっても鬱蒼と木が生い茂るような場所ではなく、少し開けた場所である。
周りは木で囲まれているので、たぶん森であろうとふたりは考えた。
大きめの木の根元にもたれかかるようにして、梨里香と紫苑は目覚めた。
いや、気づいたという方が正しいのかもしれない。
「ここは……」
梨里香が辺りを見渡しながら、不安げに発する。
「前の場所とは違うな」
紫苑も少し眉を細めて言う。
いつもと同じようにお互いが自分のお気に入りを手にして、いつもと同じように不思議な現象が起こったというのに。
しかし紫苑は気づいた。
ふたり一緒に別の世界を訪れたのはたったの1回。それまではひとりで訪れたということ。それぞれ雨の中を走ったあげく、途中で元の世界に帰っている。
だから、どういう状況でどこに到着するかなんて、解らなくて当然だということだ。
「以前と同じようにしたけれど、違う場所に到着したってことかな」
「じゃあ、ここは前とは違う世界なのかな?」
困惑気味に梨里香は言うが、紫苑の「前だって、結局どこに着いたか解んないままじゃん」との言葉で、「それもそうね」と納得する。
「それで、これからどうする?」
紫苑の問いに、「とにかく少し散策してみようよ」と梨里香は答えた。
「と言っても、どっちに進むかだよな」
紫苑は腕を組んで考える素振りを見せる。
そこでふたりは改めて周りを見回した。
梨里香と紫苑は大きめの木のそばにいる。
その木は根が地表にまで張っていて、腰かけられるほどだ。
ふたりの周りはその木を中心に少し開けていて、森のはじまりまでは数十メートルほどであろうか。そこはちょっとした広場のようになっている。
そしてふたりがいる広場をぐるっと取り囲むように、遠巻きに木々が茂った森のようなものがあり、どうやら広葉樹と針葉樹にきれいに分かれているようだ。
そう。途中から全く違う種類の木々が茂っている。まるで人工的に区切られているかのように。
「変わってるね」
「そうだな。こんなにも線を引いたように違う種類の木が茂っているなんて」
針葉樹は寒冷地、広葉樹は温暖な地域で生育すると学校で習って知っていたふたりだが、隣り合って全く生育地域の異なる樹林が広がっているということに驚きを隠せない。
針葉樹の生い茂る森を行くのか、広葉樹の広がる森に進むのか。
その選択が今後にどんな影響を及ぼすのか。
「本当に、人生って選択の連続よね」
梨里香の言葉に紫苑は「ああ。そうだな」と頷く。
そこでふたりは、どちらに進むべきかを決めるために、取りあえず両方の森を“ちょっとずつ”覗いてみようということにした。
まずは明るそうな広葉樹の広がる森へと一歩を踏み出す。
そこは小鳥がさえずり、心地良い風が吹き抜ける、森だというのに湿っぽくはなく居心地が良い。
そこここに木漏れ日が見られ、温かな雰囲気がある。
まるでおとぎ話にでてきそうな場所だとふたりは感じた。
しかしそこから森の出口は見当たらず、どちらへ進めばその先になにがあるのかも想像することはできない。
梨里香と紫苑は元の場所に戻り、今度は少し薄暗い針葉樹の生い茂る森へと進んで行った。
鬱蒼とどこまでも続く仄暗い空間。少し湿っぽく感じる足元。肌寒さを感じる。
ふたりはこの風景に少々の既視感を憶えた。が、しかし。そこに長居をしてはいけないという直感が働いた。
「もう出よう」
梨里香の言葉に紫苑もうなずき、ふたりは足早にもとの大きな木の根元まで戻った。
針葉樹林と広葉樹林。その中はそれぞれの特徴通りの体感。しかし梨里香と紫苑の今いる場所は、寒くもなく温かくもなく、ちょうどいい気温。
ここは差し詰め『春』といったところか。
「さあ、どっちに行く?」
紫苑の問いかけに梨里香は明るく答えた。
「そんなの決まってるじゃん」
ふたりは意気揚々と歩き出したが、その後ろ姿を見つめるなにかには、まだ気づかずにいた。
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