第10話 異世界へ(5)
梨里香と紫苑は、なにかに気づいた。
はじめはお互いのお気に入りを相手と共有したいという思いからだったが、次第に『見届けたい』という気持ちに変化していった。
もちろん紫苑は梨里香の小説を、梨里香は紫苑の音楽を楽しんだ。お互いのお気に入りはお互いを魅了した。
それと同時にあの不思議な出来事の検証もしたかったのは事実だ。
そして両方楽しんでしまおうという軽い『ノリ』のような気持ちもあったのかもしれない。
しかし、芸術を堪能はしたが、不思議な現象の方はこれといって収穫がないように思えた。
いや、実際には梨里香の小説は白紙に戻っていたわけだから、これもまた説明のつかない現象であるには違いないのだが、ふたりはそれだけでは納得できなかった。
もしかすると、またあの世界へと導かれるのではないかと、少々の期待があったからだ。
けれども、雷が鳴るどころか晴天で、景色は相変わらず美しい。
さきほどのことを思い出しながら、少しの間、ふたりはその美景を眺めていた。
が、梨里香と紫苑はなにかに気づいた。
ふたりは同時に「あっ!」と声を上げ、それぞれ自分のお気に入りを手に取る。
梨里香は、横に置いていた小説を膝にのせて、お気に入りのファンタジー小説『Meet You Again』の表紙をめくってみる。
紫苑も、もう一度お気に入りの音楽『Meet You Again』を再生してみた。
そして梨里香はいつものようにしおりをはさんでいたところまで、パラパラとページをめくる。
するとどこからともなく吹いた風が、梨里香の髪を揺らす。
心地良い風に梨里香の頬も緩む。
梨里香が小説の続きを読もうとしたその時だった。
ページはパラパラと反対にめくられるように一番最初に戻る。
そして梨里香の小説のページはパラパラとめくられ、また元のしおりの場所まで移動する。
梨里香がよく見ると、以前と同じように、文字がびっしりと書かれている状態に戻っていた。
それを確認するや否や、またページは一番最初にパラパラとめくられて戻る。
すると、そこには『第1章 晴天の霹靂』というサブタイトルが浮かび上がってきた。
同じだ。
さっき紫苑が読んだ時のサブタイトルは『第1章 嵐の中で』に戻っていたはず。
全てがあの時と同じだ。梨里香は緊張した。
紫苑が聴くお気に入りの曲は、相変わらず紫苑には心地良い。しかし今まで聞き慣れていたものとは途中から少し変わっているようだ。
全てがあの時と同じだ。紫苑は緊張した。
お互いの中で、ある答えが導き出される。
「やっぱり」
ほぼ同時に発せられたふたりの声が重なった。
梨里香と紫苑は顔を見合わせて、確信したように頷く。
それぞれいつもと同じようにしたつもりだったが、ただひとつ違う点。そこに気づいた。
それは持ち主でない者が、それぞれのお気に入りを手にしていた、ということだ。
今までふたりに起こった不思議な現象は、本来の持ち主が手にしてこそのものだったのである。
解けなかった疑問が解けて、ふたりが手を取って喜んだのも束の間。
辺りには雷鳴が轟き、稲光が駆け巡る。
このままだと、またあの世界に足を踏み入れることとなるのは明白だ。
この状態で梨里香は本を閉じ、紫苑が音楽の再生を止めればどうなるのだろう。
あの世界へ行き着くことはないのだろうか。
梨里香も紫苑も、この『実験』をしようと考えたときから気持ちは定まっていたが、いよいよとなると、またこころが変わるかもしれない。
紫苑は、自分ひとりなら迷うことはなかった。しかしなにが待ち構えているのかも解らない不安を抱いたまま、梨里香とこのまま突き進むことはできないと感じた。
「この前はなんとか帰って来られたけど、今度行ったら無事帰って来られるか解んないよ。それでもいいのか?」
紫苑は梨里香に確認する。
すると梨里香は即答した。
「そんなの行ってみないと解らない。何もしないで解らないことに対してあーだこーだ言うよりも、まず行動してみてから。後のことはその時に考える」
梨里香の返答を聞き、紫苑は言う。
「自分たちに出来ることは、その時に考え得る最善を選択し、後悔しないように最善を尽くすだけだ」
ふたりは手を繋ぎ、うなずき合って大きな渦に飲み込まれていった。
お読み下さりありがとうございました。
次話(ただ今、サブタイトル考え中)もよろしくお願いします!




