第10話 異世界へ(3)
梨里香と紫苑は、もう一度あの世界へ赴きたいと内心思っていた。
だが、それは未知の領域であり、危険を伴うかもしれないという思いから、互いに言葉にすることを拒んでいたのだ。
しかしその話題を避けていたにもかかわらず、紫苑のお気に入りの場所にはじめて訪れた梨里香は、なぜだか懐かしさとともに、例の不思議な体験をした世界のことを思い出したのだった。
紫苑も同じ思いを抱いてはいたが、積極的にその話を口にすることはしなかった。
だが、梨里香の「この丘があの不思議な世界と似ている」との言葉にある提案をする。
「なあ、梨里香の読んでいた『Meet You Again』の小説、オレにも見せてくれないか?」
梨里香は突然の言葉に、「え?」と驚いたがすぐに表情を緩めて、「そうね。私もあれ以来表紙をあけていないから、一緒に見てみるのもいいかもしれないわね」と答えた。
「うん。それからオレのスマホの中に入ってる『Meet You Again』って曲も梨里香に聴いてほしいんだけど」
「ずっと気になっていたの。ぜひ聴きたいわ」
今まではそれぞれが自分のお気に入りの『Meet You Again』を手にしていたので、相手のお気に入りがどういう状態なのか、話は聞いていてもその状況を実際には目にしていないので、持ち主以外の人間がそれを見てどうなるのか、ふたりともずっと知りたいと思っていた。
お互いのお気に入りがどんな風に不思議な出来事と関わっているのか。
梨里香と紫苑は、ふたりで同じものが見えるのか確かめることが大事な気がして、今が良い機会だと考えたのだ。
今の状態では情報が少なすぎる。
あの不思議な世界にもう一度足を踏み入れるにしても、ふたりの想い出として距離を置くにしても、梨里香も紫苑も、それを決めるための指針となるものが欲しかったのだ。
ふたりはまず、梨里香の小説から読んでみることにした。
梨里香はリュックからお気に入りのファンタジー小説『Meet You Again』を取り出し、紫苑は小説を受け取る。
その少し年季の入ったように見えるそれは、大切に扱われていたのだとすぐに解る。
紫苑は緊張しながらも、ハードカバーに覆われた小説の表紙を、ゆっくりと開けてみた。
そこには、第1章のサブタイトルは『嵐の中で』とあり、普通にページはめくられていく。
梨里香がはじめに読んでいた通りの内容は、やはりファンタジー好きの紫苑を魅了した。
そして問題の場所。
* * *
「さあ、早く!」
リリィは少年に手を引かれて、駆け出した。
後ろを振り返る余裕はない。すぐそこまで追っ手が迫ってきているのは明白だ。
「うっ」
リリィは雨の中ぬかるんだ道なき道を走っていたが、足を取られて転んでしまう。勿論手を繋いで走っているのだから、片方が倒れればもう片方も倒れるのは必然だ。
ふたりは立ち上がっては進み、進んでは転び……と繰り返しながら、大きな木の根元で力尽き、とうとう座り込んでしまった。
と、そこに追っ手が……。
* * *
とそこまで読んだところで、梨里香はひとり緊張の面持ちを浮かべる。
梨里香は紫苑に、この場所まで読んだ時に梨里香の周りが変化したのだと告げるが、その後、特に周りが変化することはなかった。
しかし、次のページをめくると、ふたりは絶句した。
次のページも、その次のページも、またその次のページも、ふたりは急いで確かめてみたが、そこに文字はなかった。
全てが白紙になっているのである。
梨里香は以前、全体的にページをパラパラとめくったときには、最後までキッチリと文字で埋め尽くされていたのを確かに見ている。
梨里香と紫苑は顔を見合わせ、驚きの表情を浮かべた。
「これは……どういうことだ?」
紫苑の問いかけに、梨里香は返す言葉もない。
ふたりはそっと小説の表紙を閉じた。
お読み下さりありがとうございました。
次話「第10話 異世界へ(4)」もよろしくお願いします!




