第10話 異世界へ(2)
ふたりで不思議な体験をした日から数日後。
その日梨里香と紫苑は駅前まで足を伸ばし、映画館で映画を観ることにした。
バスに揺られること15分。駅前に着き、話題のファンタジー映画を鑑賞するために映画館に向かう。
梨里香も紫苑もファンタジー好きなので、観たい映画で揉めることはなく、すぐに決まった。
映画の後は喫茶店で楽しいひとときを過ごす。
そこでふたりは、それぞれ映画の感想を言い合った。
紫苑は、自分のことをさておいてでも、仲間の為に力を尽くす主人公の姿に感動を憶え、感情移入して観ていたという。そしてドラゴンを自在に操り、上空を旋回するシーンなどは、ドラゴン好きな紫苑からすれば羨ましい光景だったと。また、戦闘シーンが迫力満点で、よかったとの感想。
梨里香の方はパステルめいた色合いでできた街並みや、大草原に大きな塔など、ファンタジーな風景に魅了されたのと、両片想いのちょっとしたラブストーリーが、こころを揺さぶったとのことだ。
ふたりとも、お互いの感想にうんうんと頷きながら、少し興奮気味にファンタジーの世界の話で盛り上がり、あっという間に時間が過ぎてゆく。
そして帰りのバスに揺られながら、梨里香は夏休み初日のことを思い出していた。
梨里香はあの日から日常が大きく変化したように思っている。
小説と雷と雨と大きな岩と不思議な体験……それと紫苑。
全ての出来事には意味がある。そしてそれらを繋ぐ理由がある。
そう確信していた。
だが、あえて口にはしなかった。
紫苑もまた梨里香と同じことを考えていた。
夏休みの初日に、まだ知り合っていないふたりが、同じバス停で同じ時刻に体験した、似ているけれど少し違う物語。
音楽と雷と雨と大きな岩と不思議な体験……それと梨里香。
それは偶然ではないだろう。
全てはあの幻想的な世界へと繋がる入り口にしかすぎない。
そう確信していたが、あえて口にはしなかった。
ふたりとも、本当はもう一度あの世界に行って、ことの次第を確かめたい気持ちがあるのだが、どうしても言いだせない。あの体験は、はじめこそこころ安らぐものであったが、少々の驚怖を伴ったので、また同じ体験を相手に求めることに躊躇いがあったからだ。
互いの気持ちを慮ってのことだろう。
相手も自分と同じ気持ちでいるとはつゆ知らず、言いだせずにいたのだ。
わくわくドキドキの冒険やファンタジーが好きな梨里香と紫苑ではあるが、それは小説や映画の世界の中でのことであって、傍観者として成り行きやストーリーを楽しむことである。
自分たちがその中に入って実際に体験することではない。
映画や小説の中に入り込むのなら楽しいかもしれないが、先がどうなるか解らない『現実』として経験することには躊躇いがある。
その次の日は、紫苑のお気に入りの場所、山の上の丘に登って夏の景色を堪能した。
梨里香は新鮮な空気を思いっきり吸い込み、そして吐き出した。
都会なら蒸し暑くて、日中はとても屋外で過ごそうという気にはなれない。
だがここの気候は涼やかで、初夏の頃を思わせるような爽やかさがある。
「本当にここは景色も良いし、空気もおいしいし、素敵なところね」
梨里香が嬉しそうに言うと、紫苑の頬が一気に緩む。
「やっと連れて来られてよかったよ。梨里香にも見せたかったんだ」
いつの間にか、梨里香ちゃんから梨里香と呼び捨てにするほど仲良くなっている。
「紫苑、ありがとね」
梨里香の方も、紫苑くんから紫苑と呼ぶほどの信頼関係を築けているようだ。
それからふたりは丘から見下ろす雄大な景色を、言葉もなく、ただぼんやりと見つめていた。
しばしの沈黙が梨里香と紫苑を包む。
それは決して居心地の悪いものではなく、なにも話さなくても安心していられるという意味での静寂の時間だった。
「ねえ」
しばらくして梨里香が声を発する。
「ん?」
ごく自然に優しげな声を返す紫苑。
「ここの空気感って、あそこと似てない?」
そう言いながら梨里香は紫苑の方を見る。
「あそこ?」
紫苑も梨里香を見て返事をする。
彼女がどこの場所を指して言っているのか、見当はついていていたが、敢えて聞き返した。
「ほら、あの場所」
紫苑は内心やっぱりと思うが、無言を決めて前を向いた。
「あの場所」
梨里香は目の前に広がる景色を見つめ、目を細めて自分自身に言うように呟く。
紫苑はそのまま少し息を吐き、「そうだな」と小さく返す。
お読み下さりありがとうございました。
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