第10話 異世界へ(1)
梨里香と紫苑は、河原で不思議な出来事についての検証をしようと試みて、水ぎわにある大きな岩に腰かける。梨里香は小説を、紫苑はスマホをセットし、ついにこの今現在いる場所とはかけ離れた、まるでファンタジー映画の中にでも迷い込んだかのような世界に足を踏み入れることとなったのだ。
そこはどこまでも高く澄んだ青空が広がり、緑が多く、幻想的な風景である。
しばらくの間、ふたりは幻を見るかの如くその異観を堪能していた。しかし予期せぬ登場人物に身を凍らせることになろうとは。
街と思しき景色をバックに遥か遠くから馬を走らせ、騎士のような出で立ちの者が数名やってくる。
梨里香と紫苑には、はじめて目にするその者が良い人間なのか、そうでないのか判断できるはずもない。
急な展開に、ただただ驚怖の感情しかない。
ふたりは元の世界への帰り方も解らぬまま、岩の上に乗って手を繋ぐ。
梨里香は胸のペンダントをギュッと握りしめた、と同時に周りの景色にゆがみが生じはじめる。
その光景に、これで元の世界に戻れるのかと、ふたりは期待した。
と、そこへその得体の知れない騎士達がふたりの乗る大岩の前まで来て、馬を止めた。
手綱を引かれていななく馬の声が聞こえる。
捕まったらどうなるのだろう、まだ戻れないのかと、梨里香と紫苑は気が気でない。
馬から下りてふたりに近づいてきたひとりの騎士が、大きな声でこう述べた。
「あなた方はこの国の方ではありませんね」
もちろん梨里香も紫苑もこの国どころか、この世界の住人ではないことは明白だ。
がしかし。
それをそのまま答えていいものか、躊躇いを滲ませる。
ふたりの答えを待たぬまま、騎士は続けた。
「その出で立ち。見慣れぬ服装に……」そこまで言ってその騎士はハッとしたような表情を浮かべて「もしかすると私どもが捜し求めていた方々かもしれません」と少し興奮気味に放った。
そう言われても、梨里香と紫苑にはなんのことか全く見当もつかない。
騎士は続ける。
「どうか、どうか一緒においで下さい」
「えっ。急にそんなことを言われても」
初対面のひとに、しかも現実とは思えない世界のひとに一緒に来いと言われ、梨里香は困惑している。
「そう言われてもオレ達にはなんのことかさっぱり解んないよ」
どうやら相手は好戦的ではないと判断した紫苑は、ゆがみとともに消えゆきそうな騎士にそう答えた。
「申し訳ありません。詳しいことは後ほどお伝えしますので」
もう今にも消えてしまいそうな状況で、梨里香と紫苑は答えられずにいた。
どうするべきか判断するには、ふたりには少し時間が必要だ。
「では、ではせめてお名前をお聞かせ下さい」
ふたりは一瞬躊躇する。
しかしもう消えてしまいそうなのだから、名前ぐらいなら伝えてもいいかと、ふたりは顔を見合わせ頷いた。
「オレは紫苑だ」
「私は梨里香よ」
ふたりの名前を聞いた騎士は驚愕の面持ちで、しかしすぐに喜びの笑みを浮かべ発した。
「シオンさまにリリィさま。お待ち申し上げておりました。ぜひ国王に……」
梨里香と紫苑は騎士の言葉を最後まで聞けぬまま、グルグルと渦に巻き込まれるような感覚を憶える。
めまいのようなその感じがおさまり、ふたりは目を開ける。
清流の心地良い音が耳を通り過ぎる。
柔らかい風がふたりの頬をなでてゆく。
梨里香と紫苑は元いた河原の大岩の上に戻っていた。
周りからは楽しそうな子供の笑い声が聞こえる。
「あ、ここは……」
梨里香は安堵の表情を浮かべた。
「戻ったな」
紫苑も強張っていた顔の筋肉が緩むのを感じた。
ふたりはその場で座り込み、「よかった」と息を溢す。
やはりふたりがあの場所に訪れたのは偶然ではなかったのだろうと、梨里香と紫苑は感じていた。
それから少しばかり、先ほどの出来事について話をしたが、お互いこころに芽生えた思いを打ち明けることはしなかった。
しばらくそこでそうしていたが、やがて西の空がオレンジに移り変わるのを感じて、ふたりはそれぞれ祖父母の家へと帰ってゆく。
夏休みはまだまだ長いので、とりあえず次の日も待ち合わせる約束をした梨里香と紫苑。ふたりは楽しく過ごしたが、前日の不思議な出来事については、なぜかお互いに口にするのを避けていた。
それ以降も梨里香と紫苑は、待ち合わせては一緒に宿題をしたり、バスに乗って駅前に行きランチやお茶をしたりと、同じ時間を共有しながら、友人としての絆を深めていった。
もちろんあの世界のことはふたりとも口にしない。
だがそんな日を重ねたある日のこと……。
お読み下さりありがとうございました。
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