第9話 異なる世界(1)
澄み渡る紺碧を映し出す、雲ひとつない空。
草花を揺らす清々しい風が、草原を吹き抜ける。
梨里香と紫苑の目の前に現れた景色は、今まで自分たちが座っていた河原とは一変して、広大な土地に広がる美しい草原であった。
遙か向こうに街のようなものがありそうだが、距離がどのくらいなのかは想像できない。
そしてその先には大きな城のような建物が見える。
右を向いてみると遠くに山々がそびえ、後ろを振り返ると大きな森があり、左手の方には海があるようだ。
しかしあの河原で梨里香と紫苑が座っていた大きな岩は、そのままそこにある。
この草原のただ中にあるのだ。
キョロキョロと周りを見回しても、この岩以外見覚えのあるものはない。
一体これはどういうことだ、自分たちは今どこにいるのか。
ふたりは想像以上の事柄に、狐につままれたような表情を浮かべている。
「ここは……どこ?」
あまりの出来事に、心臓が爆発しそうなぐらい動揺していた梨里香だが、口から出たのは思いのほか小さな声だった。
「さあ。あの河原じゃないことは確かだな」
紫苑の冗談を含んだような返答に、梨里香は少し呼吸がしやすくなったのを感じる。
「もう! そんなの見れば解るじゃん」
梨里香はそう言いながらも、少し落ち着きを取り戻し、腰かけていた岩から飛び降りた。
紫苑は冷静に辺りを見渡して、状況を飲み込もうとしている。
自分たちがこれからどうすべきかを導き出すために。
一通り動揺し終えた梨里香は、口角を上げながら振り返り、今度は少し興奮気味に言う。
「私たち、なんか凄いところにいるんじゃない?」
好奇心旺盛な梨里香は、もう既に不安よりもファンタジーな展開に、少しワクワクしだしている。
「確かに凄いな。こんなに綺麗な場所はそうそうないぜ」
紫苑も立ち上がり、美しい景色をもっと堪能しようと、岩から離れて梨里香の横まで移動した。
「ここは日本じゃないのかな? どこか外国風だけど、どこの国とは限定できない感じ」
日本のそれとはまた違った田舎風の景色に、梨里香は眼を輝かせていた。
「まあな。気候も良さそうだし、住みやすそうだな」
紫苑は確かに日本とは違う、しかしどこかの外国とはまた違う、なんとも言葉では表現しがたいこの場所独特の空気感にこころを動かされていた。
「そうね。こんなところに住めたら素敵よね~」
梨里香はすっかりこの場所が気に入ったみたいだ。
「そうだな。こんなところを探検とかしてみたいよな」
「解る~。まるでファンタジーの世界みたい!」
そう言ってファンタジー好きのふたりは、自分たちの状況も忘れて、しばし盛り上がっていた。
だが、不意に紫苑が口にする。
「だけど、なんか気にならないか?」
紫苑はこの癒し感満載の景色の中に、少しの翳りを感じ取っていた。
「とくには気にならないけど~」
「ここがどこか気になるのはもちろんだが、俺は帰り方の方が気になるよ」
紫苑の言葉に梨里香はハッとした。
本当にその通りだ。
こんなところに一瞬にして移動して、このまま元の世界に戻れなかったらどうしようと、急に不安が過る。
その時のこと。
どこかから大きな物音が、地面を伝わってふたりの足元に響いてきた。
梨里香と紫苑はその音のする方を見る。
街と思しき景色をバックに遥か遠くに見えるその姿は、さながら馬を馳せて近づいてくる騎士のよう。
「え、なに? 馬に乗ってる!?」
「なんか現実離れしてるな」
見たこともない出で立ちにふたりは驚きを隠せない。
その者が良い人間なのか、そうでないのか。
その様子だけでは判断できない。
このまま相手が近くに来るまでここでこうしているのか、それともその場を離れて逃げ出した方がいいのか、判断できずにいた。
しかし躊躇している間にも、段々とその姿は大きくなってくる。
後ろには数人従えてやって来るのが見え、ふたりはその情景に驚怖を憶え、岩の上に乗って手を繋いだ。
梨里香は胸のペンダントをギュッと握る。
お読み下さりありがとうございました。
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