第8話 シンクロ(3)
梨里香と紫苑は、まだ知り合う前に、それぞれ同時刻に同じバス停で同じような体験をしたということが解った。
そしてそれからというもの、梨里香はお気に入りの『Meet You Again』というファンタジー小説を読んでいると、雷が発生し、不思議な世界へと意識が行く。
紫苑も、お気に入りの『Meet You Again』という音楽を聴いているときに、雷とともに不思議な世界への扉が開かれる、という。
そしてそのふたりがこの大きな岩の上で、偶然にも同じ『Meet You Again』というタイトルのお気に入りを取り出したことで、同じ空間にふたりが同時に行くことになったのだ。
偶然なのだろうか。
そこになにか意味はあるのだろうか。
それを確かめるべく、梨里香と紫苑は、もう一度昨日と同じことをしてみようということで話がまとまった。
ふたりは例の、大人が5~6名は座ってもまだ余るほど大きく平らな岩に座り、昨日と同じように、梨里香は小説を開き、紫苑は音楽を選び、それぞれに準備をする。
梨里香と紫苑は互いに見つめ合い、大きく息を吸い込む。
準備は整った。ふたりは頷き、いよいよ検証をはじめる。
まず梨里香がいつものようにしおりをはさんでいたところまで、パラパラとページをめくる。
梨里香の髪を揺らす心地良い風に、緊張の面持ちを滲ませていた梨里香の頬も緩む。
梨里香が小説の続きに目をやったその時、ページはパラパラと反対にめくられるように一番最初に戻る。
彼女はもう一度しおりをはさんでいたページをあけた。
すると無風であったにもかかわらず、またさっきと同じようにページは反対に動き出す。
梨里香は最初のページに目をやる。
一方、紫苑はスマホをタップする。
少し強張った表情の紫苑の頬を柔らかな風がなでる。
いつものように梨里香の本の最初には、『第1章 晴天の霹靂』というサブタイトルが浮かび上がってきた。
紫苑のスマホからも音楽が流れ出す。
刹那。
梨里香と紫苑のふたりを取り巻くように風が吹き荒れ、いつしか見えないカーテンに包まれているかのような状態に景色が変わってゆく。
雷鳴は轟き、その轟音は心臓にまでズシンと響く。
薄暗い景色の中、稲光は時折お互いの顔を照らしては消える。
強い風は吹けども、身体に感じるのは僅かな空気の揺れで、それによって髪をかき乱されることもない。
まるでふたりを避けるかのようにその風は吹き荒れる。
確信を以てふたりは顔を見合わせた。
梨里香は本を閉じ、紫苑はイヤホンを外す。
「やっぱり思った通りだな」
紫苑は少し興奮気味に話す。
「ええ。間違いないわ」
梨里香が大きく頷いた。
「で?」
「え?」
紫苑の問いかけに、梨里香はきょとんとする。
「次はどうする?」
疑問は確信に変わった。
ということは、次の段階へとすすむべきである。
そう考えた梨里香は答えた。
「そうね。この不思議な現象が起こる理由が知りたいわね」
「そうだな。それにはもっと長くあの場に留まる必要があるな」
「今はまだ一瞬しかあの場所を体験していないけど、もっと長い時間あそこにいるとどうなるのかしら」
「まだなにも解らない状態でそれをするとどうなるか。危険が待ち受けているかもしれないぞ」
「解ってる」
「よし。じゃあ、やってみるか」
* * *
少し休憩して、ふたりはまた同じことを繰り返してみた。
予定通り別世界の見えないカーテンがふたりを包む。
ふたりは緊張の面持ちで見つめ合う。
不安な気持ちもあり、梨里香は紫苑に右手を差し出した。
「怖くないけど、なにがあるか解らないから、手を繋いでいてあげる」
ちょっぴり頬を染めながら強がりを言っている梨里香を紫苑は微笑ましく思う。
「しゃあないなぁ」
そう言葉を発しながらも、満更でもない紫苑。
ふたりは手を繋ぎ、その後の成り行きを見守った。
しばらくして、一際大きな雷音が轟きわたる。
身体の中心に直接響くような音に驚き、梨里香と紫苑は繋いだ手に力を込め、思わず目をつぶる。
轟音が収まり、紫苑はそっと目を開けた。
梨里香は肩に力を入れたまま、まだぎゅっと目を閉じている。
「え?」
紫苑の声に、梨里香も恐る恐る目を開けてみた。
するとそこは……。
お読み下さりありがとうございました。
次話「第9話 異なる世界(1)」もよろしくお願いします!




