第8話 シンクロ(1)
梨里香と紫苑の周りには嵐の如く風が吹き、いつしか見えないカーテンに包まれているかのように、そのカーテンの向こう側とこちら側では次第に景色が変わってゆく。
なのにふたりには周りにいるひと達は、なにごともないように日常を楽しんでいるのが見える。
こんな轟音に雷鳴、しかも暴風に見舞われているのに、気づかないなどあり得ない。
ふたり以外の人間には、この状況が認識できていないのだろうか。
そのカーテンのこちら側にいるふたりにも、信じられないことが起こっていた。
どんなに強風が吹こうとも、梨里香と紫苑にはなんの影響もない。
つまりふたりの周りだけがそのような状況なのだ。
確かに雷鳴は轟き、その轟音は心臓にまでズシンと響く。
薄暗い景色の中、稲光は時折お互いの顔を照らしては消える。
強い風は吹けども、身体に感じるのは僅かな空気の揺れで、それによって髪をかき乱されることもない。
まるでふたりを避けるかのように。
さながら映画の中を覗いているような、そんな感覚を梨里香も紫苑も感じている。
驚きの表情でふたりは顔を見合わせた。
梨里香は本を閉じ、紫苑はイヤホンを外す。
それと同時に一瞬にして梨里香と紫苑の周りは、また元の清々しく美しい景色に変化する。
一瞬静寂に包まれた周りの世界は、また先ほどと同じく、子供の笑い声や清流のせせらぎが聞こえる癒やしの空間へと戻った。
梨里香と紫苑はその状況を確かめるべく、キョロキョロと辺りを見回すが、驚きのあまり、声も出せずにいる。
そして紫苑は眉を上げ、大きく目を見開いて「今の見た?」とでも言いたげな表情で梨里香を見た。
梨里香はハの字の眉で「今のなに?」と言いたそうな表情を浮かべている。
お互いに、ふたりが一緒にこの不思議な体験をしたのだということに驚きを隠せなかった。
今の現象の中に、目の前にいるそのひともいたのだということに。
「今のは……」
ふたりの声が重なった。
お互いに同じ体験をしたことを知り、妙に親近感が湧く。
「見たよね?」
梨里香の声に紫苑は大きく頷き、答える。
「キミも見たんだね」
梨里香も大きく頷き、ふたりは固唾をのんだ。
「どうやら私たちには共通点があるようね。ほかの人には見えないなにかが見える」
「それが夢なのか現実なのか、はたまた幻なのか」
梨里香と紫苑は少し前のめりになって話はじめた。
「私は最近この現象が気になって、原因を突き止めようと思っていたところなの」
「オレもだよ」
お互いに自分だけでなくて安心したという表情を浮かべる。
ふたりは今までそれぞれが体験した不思議な現象について、そのいきさつを話すことにした。
梨里香は夏休み初日に、祖父母の家に向かう途中のバス停での出来事から、その後、この河原に来てからの現象について、細かく話した。
紫苑も、夏休みの初日、祖父母の家に向かう途中のバス停での出来事から夢の話、そして山の上の丘での現象についても、こと細かく梨里香に話した。
ふたりはお互いの話を熱心に聞いていた。
お互いに、今自分に起こっている現象について、ひととおり話し終えた時には随分と時間が経っていて、梨里香は時計を見て発する。
「あ、もうこんな時間。帰らなきゃ」
「そうだね。今日はこれぐらいにして、続きは明日っていうことでいい?」
紫苑にそう聞かれて梨里香は頷いた。
「でも、今日出逢ったばかりのひとと、また会う約束なんて。今までの私じゃ考えられない」
紫苑は、ハハハと笑いながら言う。
「そうなんだ。ひとなつっこい感じだからそうは見えないけど?」
「それって、褒めてるの? それとも?」
「褒めてる、褒めてる」
「なによ! その言い方が褒めてない! むっかり」
そう言って笑い合うふたりは、とても初対面とは思えないほど仲良くなっていた。
「オレだってはじめて逢ったひとに、次の約束なんて切り出したりしないよ」
「え、そうなの? 案外イケメンな感じだから、そういうの言い慣れてるのかと思った」
「それは随分な言い方だな。それは完全に褒めてないよね?」
「褒めてる、褒めてる」
そんな会話を楽しみつつ、梨里香と紫苑は次の日、同じ時間にこの河原のこの場所……つまりこの大きな岩のところで待ち合わせることにした。
ふたりは途中まで同じ道を歩き、分かれ道で「じゃあ、また明日」とそれぞれ右と左へと進んで行く。
お読み下さりありがとうございました。
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