第7話 出逢い(3)
河原で水の流れる音を聞きながら、澄んだ空気を身体の隅々に行き渡らせるように吸い込んで、ゆっくりと自然を満喫していた紫苑。
もう少ししたら、スマホの中の例のお気に入りの曲を聴いてみようと思っていたときだった。
「あ、あの……」
こんなところに知り合いはいない。紫苑は自分に対しての言葉かけではないと思い、スマホの準備を続けていた。
「こんにちは!」
元気よく発せられた言葉に、紫苑は思わず声の主の方を見る。
だがそこには紫苑には見覚えのない顔の、同年代と思しき少女の姿があるだけだ。
そして真っ直ぐに向けられた視線に、どうやら先ほどの言葉は自分に対してのものだと察した。
「あ、こんにちは」
紫苑は挨拶を返す。
田舎では知らないひと同士でも、すれ違いざまに会釈や挨拶の言葉を交わすのは珍しいことではない。
だが、お互い無関心が特徴の都会育ちの紫苑には久しぶりのことで、ある意味新鮮さを憶えた。
紫苑の返事に少女は満面の笑みを浮かべる。
それを見て、紫苑も微笑みを返した。
少女は「あの……」と何かを言いたそうにしている。
紫苑はそれに「なんでしょう」と促す。
「私もその岩に座っても良いですか?」
突然の言葉に少々の困惑を浮かべた紫苑だが、紫苑が腰かけている場所は岩というだけあって、なかなか大きなもので、大人が5~6名は座ってもまだ余るほどの平らな岩である。
元々ひとり占めする気もなかったので、気持ちよく「どうぞ」と答えた。
「わあ、よかった。この岩、大きいけれどゴツゴツしていなくて、高さもほどほどだし、座るのにちょうどいいですよね」
少女はそう言って嬉しそうに紫苑の横の少し離れたところに腰かける。
「そうですね。とてもリラックスできますね」
うんうんと頷きながら少女は話す。
「私も最近、この場所が気に入っていて、ここに座って読書をするのが日課になっているんです」
「そうなんですか。実は俺、ここに来るのは今日がはじめてで。いつもは山の方の景色の良いところで音楽を聴いたりしていたんです」
「そうなんですね! 山の方には景色の良いところがあるんですか。そんなところで読書をするのも楽しそう」
「よければ後で場所教えますよ」
「わあ! ありがとうございます! じゃ、後で教えて下さいね」
そう言って、梨里香はリュックからいつものように小説を取り出し、膝の上にのせる。
明るく元気の良い梨里香の受け答えは紫苑には好感の持てるものだった。
一方の梨里香の方も、ハキハキとして感じが良いとの好印象を紫苑に抱いている。
そしてそれぞれに、梨里香はお気に入りのファンタジー小説である『Meet You Again』の表紙を開け、紫苑はスマホでお気に入りの歌『Meet You Again』にスマホと指を合わせる。
梨里香はいつものようにしおりをはさんでいたところまで、パラパラとページをめくる。
するとどこからともなく吹いた風が梨里香の髪を揺らす。
心地良い風に梨里香の頬も緩む。
紫苑はスマホをタップする。
柔らかな風が紫苑の頬をなでる。
清風に紫苑のこころも和む。
梨里香が小説の続きを読もうとしたその時だった。
ページはパラパラと反対にめくられるように一番最初に戻る。
梨里香はハッとした。
やはりいつもと同じだ。
彼女はもう一度しおりをはさんでいたページをあけた。
すると無風であったにもかかわらず、またさっきと同じようにページは反対に動き出す。
梨里香は最初のページに目をやる。
いつものようにそこには『第1章 晴天の霹靂』というサブタイトルが浮かび上がってくる。
同じだ。
ひとりでないときにも、つまり誰かと一緒の時にも同じ現象が起こるのかと、梨里香は少し緊張した。
隣にいる少年には、梨里香がこれから体験する事柄が見えるのだろうか、と気になったからだ。
しかしここで止めるわけにはいかない。梨里香は続ける。
紫苑も少し不安な気持ちがあった。そして緊張している。
もし音楽を聴いている途中で、いつもの現象が起これば、それは横に腰かけている少女にも見えるのだろうかと。
それを確かめたいと思ったのだ。
だからここで止めるわけにはいかない。紫苑は続ける。
しばらくして閃光が走り、轟音とともに梨里香の前に少年は現れた。
同じく稲光とともに雷鳴が鳴り響き、紫苑の前に少女が現れる。
お読み下さりありがとうございました。
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