第7話 出逢い(2)
紫苑は、頭の中にこだまするように聞こえる少女の声に導かれるように走ったが、やはりいつものように途中で力尽きてしまう。
そしてとうとう大きな木の根元に座り込んだ。
「もうこれ以上は走れないよ」
紫苑は声の主に話しかけた。
「あなたならできるわ」
少女から返事があった。
いつもと違う展開に、紫苑は戸惑いつつも、これは謎に近づくチャンスだと感じた。
「どこまで行けばいいの?」
「希望の未来……」
その時、彼女の声はかき消された。
稲妻と雷鳴の鳴り響く中、紫苑は轟音に身をかがめる。
そして顔を上げたときには……。
「こ、これは……」
先ほど音楽を聴いていた丘の上の木陰。
そこに紫苑は腰かけていた。
聴いていたお気に入りの曲『Meet You Again』はいつの間にか終わっていて、耳からは風に揺れる葉音と小鳥のさえずりしか取り込めない。
天候も先ほどと変わらず空高い蒼が、夏の昼間特有の暑さを感じさせる。
どうやら眠っていたわけではなさそうだと、紫苑はあらためて思う。
100歩譲って夢ならば、まだなんとか説明しようと思えばできるだろう。
だが白昼に起きた状態で夢を見るなんて、考えられない。
しかし現実に起こったことだとすれば、到底説明できることではない。
解明しようと思うほどに、よけいに解らなくなってしまう。
紫苑はもやもやからイライラに変わっていくのを感じた。
もう、今日は帰ろう。
そう思って、紫苑は来た道を祖父母の家に向かって歩き出す。
祖父母の家に着いた紫苑は、何事もなかったかのようにその日を終え、また次の日も探索に出かけた。
昨日と同じように分かれ道で山の方に歩き、またあの丘の上で昨日と同じように過ごそうと歩いて行く。
もう一度同じことをすれば、また同じ現象が起こるか試してみたかったからだ。
思った通り、昨日と同じ不思議な体験をした紫苑は、やはりなにかあるのではないかと考えた。
この現象は、自分に何かを伝えようとするものが起こさせているのではないかと、そう考えたのだ。
なにも紫苑がファンタジー好きだからというだけではない。
あの夏休み初日から、紫苑はなにかに導かれているように感じていた。
* * *
次の日もまた散策に出かけた紫苑。
午前中は日差しも然程強くなく、素肌をなでる風も心地良い。
紫苑の住む都会とは違って、空気もよく澄んでいて涼しく感じる。
特にあてもなく出発したが、少し歩いたところで分かれ道にさしかかった。
右に行けば川に、左に行けばさらに山奥に行く道だ。
昨日と同じく左に行って、また同じように過ごし、同じ体験を試みるか。
それとも別の場所でも同じことが起こるのか確かめようか。
さあ、どちらに行くべきか。
「人生は選択の連続だな」なんて呟きながら、紫苑は前者を選んだ。
少し歩くと水の流れる音が聞こえてくる。
さらさらと、とても透明感のあるせせらぎだ。
ゆったりと落ち着いた気持ちになる。
紫苑は浅瀬が見下ろせる場所に到着した。
河原までは数メートルといったところだろうか。
紫苑は迷わず河原への道を探した。河原に降りてそこでゆっくりしようと思ったからだ。
少し先に数メートル下の河原まで降りられるところを見つけた紫苑は、そこまで行っていそいそと人工的な階段を降りる。
ようやく着いた河原で、お誂え向きに作られたような岩に腰かけ、澄んだ空気を思いっきり吸い込む。
目をつぶりせせらぎを聞きながら、「ああ、癒やされる~」と独り言を口にするほどだった。
周りの景色も緑に覆われていて、河原は開けた場所で見通しも良く、見上げればどこまでも高く蒼い空。
とそこへ、河原の砂利を踏みしめるような音が近づいてきた。
周りで遊ぶ子供たちの足音だと、気にとめることもなくリラックスしていた紫苑だが。
「あ、あの……」
誰かが突然、紫苑に話しかけてきたのだ。
お読み下さりありがとうございました。
次話「第7話 出逢い(3)」もよろしくお願いします!