第7話 出逢い(1)
祖父母の家に来てからというもの、紫苑は毎日不思議な夢を見るようになった。
夏休み初日にこの家に来る途中で体験した、不思議な出来事と関係があるのか。
その夢になにか意味があるのか。
もやもやは日に日に大きくなる。
紫苑はこの謎を解明したいと思った。
そう思ったのだが、手立てはなく。
数日が経ったある日、紫苑は気晴らしにでもと、祖父母の家の近所を散策してみようと思う。
出かけることを祖母に伝え、玄関の扉を開ける。
午前中だというのに、真夏の太陽は高く。しかし紫苑が住む都会とは違い、清々しい風は心地良い。
元気よく出かけた紫苑だが、これといって行く当てもない。
ブラブラと散歩がてら歩いてみることにした。
紫苑はなんの目的もなく出発したが、田舎の風景はのどかで空は蒼く緑は深い。目に映る優しい風景は紫苑のこころを和ませた。全身に空気を取り込みながら「たまには散歩もいいもんだな」と、少し歩いたところで、紫苑は分かれ道にさしかかる。
右に行けば川に、左に行けばさらに山奥へ行く道だ。
さあ、どちらに行くべきか。
紫苑は山に向かうことにした。
自然が好きな紫苑は、山の澄んだ空気を思いっきり感じたいと思ったからだ。
しばらく歩んで行くと、少し小高い開けた丘のようなところにたどり着いた。
そこからは遠くまでの青々とした景色が見渡せる。
紫苑は目の前に広がる広大な風景を見下ろしながら、両手を上に伸びをして、思いっきり新鮮な空気を吸い込んだ。
「やっぱ空気がうまいな」
紫苑はそう呟き、嬉しそうに口角を上げる。
しばらくの間、ゆっくりとその景色を堪能し、紫苑は木陰に腰を下ろす。
持ってきたペットボトルの水を口に含む。
「なんか、いつも飲んでる水さえもうまく感じるな」
上機嫌の紫苑は木にもたれかけてリラックスし、もう少しこの場所でのんびりしようと考える。
そこで紫苑は思いついた。
この景色をバックにお気に入りの音楽を楽しもうと。
ミュージカルの出だしのようなその曲調は、なぜか紫苑のこころを惹きつける。
幸い近くに民家はなく、ここならイヤホンなしでも迷惑にならないだろう。
紫苑はスマホを取り出し、画面に指をすべらせる。
『Meet You Again』
このタイトルの上で指を止めて、開放感の元、音楽を再生した。
* * *
♪♪♪
時間の狭間駆け抜け
夢と現追いかけ
幻か現実か
その目に映す真実
逢うべくして出逢った
信じる愛つらぬき
運命か宿命か
こころ映せ想いを
行け立ち止まるな
迷いを拭い去り
強くより強く
ただ前を向き
進め
青天の霹靂に導かれ……
♪♪♪
* * *
そこまで聴いた紫苑に少しの疑問が生じる。
「あれ? こんな歌詞あったっけ」
紫苑が聴くお気に入りの曲は、今まで聞き慣れていたものとは途中から少し変わっているようだ。
「新しいバージョンか?」
元来楽天的な紫苑は、然程気にはとめず、その後も聴き続けようとしたその時だった。
大きな稲光が走り、雷鳴が轟く。
「うわっ。なんだ?」
こんなに清々しく晴れ晴れとしているというのに、青天の霹靂とはこういうことかとひとり納得した紫苑であったが、それだけではすまなかった。
次の瞬間、音楽と溶け込むように周りの景色はグルグルと回りはじめ、紫苑の頭上に大きな稲光が走り轟音に包まれる。
「えっ?」
思わず漏らす声も雷にかき消され、いつしか大雨の中、紫苑はひとりたたずんでいた。
驚きのあまりキョロキョロと辺りを見渡すが、嵐の夜のような天候であまり目にとまるものはない。
夢の中でならいざ知らず、こんな昼間にこの状況になるなんて、と紫苑は途方に暮れていた。
しかし、もしかすると音楽を聴きながら眠っていたのかと思い、ほおをつねってみるが、案の定痛みはある。
ということはこれは現実なのか、それとも幻を見ているのか。
その時、どこからともなく優しい声が聞こえてくる。
「さあ、早く!」
「え?」
いつものあの声だ。
「こっちよ」
そして同じ台詞。
「どっちだ?」
「ついてきて」
いつものように問いかけてみるも、
「キミは誰?」
返事はなく。
「どこへ行くと言うんだ」
続けて問うてみても、やはり答えは返ってこなかった。
しかし紫苑は諦めなかった。これは疑問を解明する絶好のチャンスだと捉えたからだ。
すると。
「さあ、早く!」
また先ほどと同じ台詞が聞こえてくる。
「え?」
紫苑も同じ台詞を繰り返す。
「こっちよ」
「どっちだ?」
「ついてきて」
頭の中にこだまするように聞こえる少女の声。
紫苑はいつもの夢のように走り出した。
お読み下さりありがとうございました。
次話「第7話 出逢い(2)」もよろしくお願いします!




