第6話 もうひとつのはじまり(3)
この雨が、雷が止めば。
そう思えど、一向に止む気配はない。
数分間も雨に打たれながら走り続けたので、いくら運動神経がよく、体力もある紫苑でも、流石に疲れがでてきて身体も冷えてきた。
紫苑は疲労と寒さを凌ぐため、今は祖父母の家を目指すよりも、どこか雨宿りができる場所がないか探すことにした。
そこで少し休憩して、また祖父母の家を目指そうと考えたからだ。
そのうちに雨も止むかもしれないし。
道はいつの間にか舗装された道路から泥道へと変わっていた。
慣れない道を紫苑は一生懸命進んだが、ぬかるみに足を取られて転んでしまう。
それでも負けずに立ち上がって、ただひたすらに足を動かしていた。
紫苑は、立ち上がっては進み、進んでは転び……と繰り返しながら、雨宿り先を探し彷徨い、ついには大きな木の根元で力尽き、とうとう座り込んでしまった。
元来、紫苑は運動神経もよく、楽観的な性格の男子高校生だ。
音楽とファンタジー世界が大好きで、ドラゴンがお気に入り。だが、案外真面目なところもあり、自分の信じた道を貫く強い意志ももっている。そしていつも友人達と冗談を言っては笑い転げ、元気な高校生活を送っているのだ。
そんな彼だが、今回は流石に途方に暮れていた。
どの方向に向かって進めばいいのか。
だが、ここでへこたれていてはダメだと自分を奮い立たせて、もう一度周りを見渡した。
すると僅かながら、遠くにぼんやりと浮かぶ灯りが目に映る。
もしかすると、民家があるのかもしれない。
そこまで頑張ってたどり着けば、雨宿りをさせてもらえるかも、助けてもらえるかもしれない。
紫苑がそう思った時だった。
「さあ、早く!」
どこからともなく声が聞こえてきた。
「え?」
思わず聞き返す紫苑。
「こっちよ」
「どっちだ?」
「ついてきて」
頭の中にこだまするように聞こえた少女の声に、紫苑は駆け出した。
突然の出来事になにがなんだか解らず、でもその声に導かれるようにひたすら走った。
途中何度かくじけそうになったけれども、「大丈夫」「もう少しだから」「頑張って」とどこからか聞こえた優しげな声に励まされているように。
紫苑は力を振り絞って、まだ続く大雨の中、泥道を歩んで行った。
「うっ」
雨の中、ぬかるんだ道なき道を走っていたが、紫苑は足を取られて転んでしまう。
しかし立ち上がっては進み、進んでは転び……と繰り返しながらただひたすらに走った。
それから少し経ってようやく一軒の家の前にたどり着いた。
と同時に稲妻が駆け巡り雷鳴が響き渡る。
驚きとともに「うわっ」と発して、一瞬目をつぶり身をかがめた紫苑だが、あたりが静かになった後、顔を上げ、その目の前の家を見て驚いた。
「え、ここは」
さっきたどり着いたと思った家とは別の建物に思えたからだ。
だが、なにはともあれ紫苑はインターホンを鳴らし、家の主からの返事を待つ。
どこをどう走ったのか解らぬままに、紫苑はいつの間にか祖父母の家の前に立っていたのだ。
気づけば雷雨は止んでいて、というか祖父母の家の周りは雨すら降った気配もない。
先ほどの雷が鳴るまでとは、明らかに違う場所だ。
驚きを隠せぬままに、紫苑は促されて玄関の扉を開ける。
紫苑はまだ困惑していたが、とにかく今は祖父母の家にたどり着けたことが嬉しかった。
久しぶりの孫との再会を喜ぶ祖父母を見て、紫苑は「来てよかった」と安堵する。
その後紫苑は入浴後に祖父母たちと楽しい夕食を済ませ、疲れたからと早めに休むことにした。
紫苑のために用意された2階の部屋に行って、すぐに布団に入る。
だが身体は疲れているにもかかわらず、紫苑はなかなか寝つけなかった。
やはり祖父母の家に来るまでの出来事が謎のままだったから、どうしても頭を過る。
考えても答えが導き出されるわけではないだろうが、紫苑は考えずにはいられなかった。
いくらファンタジー好きの紫苑でも、それは架空の物語の中の話であって、実際に説明のつかない出来事が自分の身に起こると、わくわくもドキドキもすることはない。
いや、別の意味でのドキドキはあるだろうが、期待感も高揚感もなく、ただもやもやが残るだけだった。
しばらくもやもやの時間を過ごしながら、右に左にと寝返りを打っていた紫苑だが、そのうち眠りについた。
それから……。
お読み下さりありがとうございました。
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