第6話 もうひとつのはじまり(2)
田舎の祖父母の家で夏休みの数日間を過ごそうと家を出た紫苑。
お気に入りの曲をスマホで聴きながらバス停で時間を潰していた。
ふと時間が気になり時計を見ても、時刻表に記載されている時刻にバスは来ず、少し不安が過ったところに、大きな雷鳴とともに轟音が走る。
夏だというのに肌寒さを憶え、身を震わせていたところにやっとお待ちかねのバスが到着した。
紫苑の前で止まったバスは思ったよりも車内の照明が暗かったが、こんなものなのかと然程気にはとめなかった。
このバスは降車時に料金を支払うシステムなので、紫苑は開いた後部のドアから乗り込む。
紫苑が座席につくとバスはすぐに発車したが、遅れて申し訳ないとのアナウンスどころか、行き先を告げるコメントすらない。
時折響く雷の音に身を縮めながら外を見るも、豪雨の中景色など見えるはずもなく、ただ窓に叩きつける雨粒の行方を目で追っているだけである。
それでも紫苑は、その雨粒の向こう側をぼんやりと見ていた。
まだ18時過ぎだというのに、真冬かと思うほどに辺りは暗い。
真夏の昼は長いので、明るいうちに着けると思っていた紫苑は、思わぬ天候にため息を零す。
祖父母の家までは、このバスに15分乗るだけで行ける。そこから徒歩15分程だが、運動神経のよい紫苑は走れば10分もかからずに到着すると高を括っていた。
バスに揺られることしばらく、停車のアナウンスもないままにあるバス停で停車する。
乗客は紫苑ひとりのため、ここが目的の停留所だと思い座席を立つ。
前方のドアが開いたので、紫苑は運転手の横に設置されている料金箱に料金を投入し、いつものように「ありがとうございました」とひと声掛けて降車する。
紫苑がバスを降りるとスーッとドアが閉まり、そのままわずかに光るテールランプとともに雨の中に消えていった。
屋根付きの停留場で、ふうとため息をつく紫苑。
思ったよりも激しい雨が降りそそぐ中、走って祖父母の家まで行くのかと、少し気がすすまぬ様子で。
「こりゃ10分で走るのはムリか」
そう呟いたが、ここでいつまでものんびりしているヒマはない。
早く祖父母の家に着いて、ゆっくりしたいという思いから、紫苑はバス停を飛び出していた。
子供の頃から何度も訪れていたから、道は把握している。
しかし滝のように降りそそぐ雨は、紫苑の視界を遮り、思うように進めない。
本来ならのどかな田舎道。
祖父母の家までの道程は、紫苑の住む街とは違い穏やかに時間が流れていくような風景が味わえる。いつもならその景色を堪能しながら、鼻歌交じりにゆっくりと歩いているはずなのに、と思いながらも、とにかく今は前に進むことだけを考えていた。
たまに轟く雷鳴に身をかがめながら、紫苑はひたすら走った。
ぬかるむ道を、ただ一心に祖父母の家を目指して。
足元の悪い中、転ばぬように気をつけながらも力強い足取りで、紫苑は思いっきり走る。
バス停でバスを降りてから5分ほど走った頃だろうか。
ふと顔を上げた紫苑は、稲光に照らされた景色を見て一瞬自分の目を疑った。
「え、ここは……」
紫苑は目の前に広がる光景に、動揺を隠せなかった。
「やっべ。道間違えたか」
急に足に力が入らなくなるのを感じたが、動転してしまってどうするべきか考えが及ばない。
疲れで見間違えたのかもと、もう一度稲妻が走り辺りが照らされるのを待つことにした紫苑。
その刹那、稲光が空を切った。
祖父母の家まではよく知った道程であるにも関わらず、目の前に広がった景色は、紫苑には一切見覚えのないものだった。
道を間違えたのか。
いや、田舎の一本道を間違えるはずはない。
紫苑は慌てて後ろを振り返ったが、やはり見覚えのない光景だ。
空から大粒の雫が降りしきる中、顔にかかる水滴を拭って、その場でぐるりと一回転しながら見覚えのある、なにか目印になるものを探した。
だが、見渡す限り360度、なにひとつ記憶にある風景は探すことができなかった。
途方に暮れた紫苑だが、周りに雨をよけるような場所も見当たらないので、とにかく足を進めることにした。
この雨が、雷が止めば。
せめて雨宿りができれば、という思いで。
しかし……。
お読み下さりありがとうございました。
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