第6話 もうひとつのはじまり(1)
稲妻が空を切る。
辺り一面バケツをひっくり返したような豪雨の中、紫苑は駅前でバスを待っていた。
地元の高校に通う紫苑は優しく責任感の強い16歳。今日から夏休みに入り、久しぶりに田舎の祖父母宅を訪れようと、昼過ぎに家を出た。
あいにくの雨模様だったが、祖父母の家に着くまでは雨は降らないだろうと、紫苑はなんの根拠もない自信を以て家を出たのだが。
夏休みという開放感からか、祖父母の家には夕飯の時間までに着けばいいという思いからか、駅前の楽器店なんかをのぞいたり、小腹がすいたとちょっと寄り道をしたりして、結局駅前のバス停に着いたのは夕方だった。
随分遅くなってしまったが、夏ということもあり19時頃までは明るいし、まだ夕食には間に合う。
田舎に向かう最終バスは、19時と早い時間だ。しかしそれまではまだ2時間ほどあるし、この時間帯だと30分に1本の間隔でバスが出ている。
バス停に着いた紫苑は左腕にはめた時計に目をやり、次に時刻表を見つめた。
ふうとため息をついた後、今発車したばかりのバスに乗りたかったと、寄り道をしたことを少しばかり悔やんだ。次のバスの時間までまだ30分もあるし、ここに座って何をして時間をつぶすかを考える。
スマホの無料通話アプリで誰かと会話をするか、音楽でも聴くか。
紫苑は後者を選んだ。
最近聴きはじめたお気に入りのバンドの楽曲を、紫苑は時間があればずっと聴いている。
お気に入りの歌詞・フレーズがあり、自分でも口ずさんだりするほどだ。
その中でも紫苑は特に好きな曲があった。
スマホに取り入れているその楽曲を指を滑らせ再生する。
『Meet You Again』
「再会する」
音楽が始まる前に、紫苑はそう呟いた。
彼はこのタイトルに妙に惹かれていた。
最近聴きはじめたばかりだが、このタイトルの意味が気になってしょうがない。
ゆっくりと進む不思議な歌だが、いつの間にか想像力がかき立てられてゆく。
紫苑は、自分がその歌の主人公になった気持ちで、その空想の世界に引き込まれていった。
* * *
♪♪♪
時間の狭間駆け抜け
夢と現追いかけ
幻か現実か
その目に映す真実
逢うべくして出逢った
信じる愛つらぬき
運命か宿命か
こころ映せ想いを
♪♪♪
* * *
そこまで聴いたところで、紫苑はいつの間にか降りだした雨に気づく。
バスを待ちはじめて既に小一時間は経っているだろうか。
「あれ? バス、遅れてるのかな」
30分に1本のバスだが、バス停には来る気配もない。
ここが始発のはずなので、遅れているとは考えにくいが。
稲妻が空を切り、稲光が辺りを照らす。
突然の轟音に驚く紫苑。
こんな天候のせいか、暮方のバス停で待つ姿は彼ひとり。
自宅を出たときには曇り空ではあったが、天気予報では雨が降るとは伝えてはいなかったし、楽観的な紫苑は、傘を持たずに家を出た。しかしあいにく雨が降り出したのだ。
「はぁ。ついてないなぁ」
思わず言葉が零れる。
そこへ僅かなヘッドライトの人工的な光とともに、待ちかねていたバスが近づいてくるのが見えた。紫苑は防水加工が施されたリュックを肩にかけ、バスに乗るために立ち上がった。
しかしこれが全ての始まりだと、今の彼は知る由もない……。
お読み下さりありがとうございました。
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