第4話 その後(1)
梨里香に「名前を教えて」と言われた少年が、息を吸い込んで言葉とともに吐き出そうとしたそのときだった。
急に木々がざわめき、梨里香に突風が襲いかかる。咄嗟に目をつぶる梨里香。
なにかに操られているかのようなその風は、梨里香の身体の周りをくるくると回った後、すり抜けていった。
梨里香は思わず両手を重ね、胸のペンダントを握りしめる。
そして去りゆく風音がおさまった後。梨里香は目をあけると、「あれ?」と声を上げた。
さっきまで話していた少年が、目の前にいた少年が、そこにいるはずの少年がいなかったのだ。
突風をよけるためにどこかに身を隠したのかもしれないと、声をかけてみる。
「ねえ」
しかし返事はなく、横を流れる川のせせらぎだけが鼓膜に届くばかりであった。
周りを見回しても少年の気配はなく、何事もなかったかのように変わらぬ景色がそこにはあった。
今のはなんだったのか。また夢でも見ていたのだろうか。それともまぼろしか。
不思議な出来事に梨里香は眉をしかめて考え込んだ。
しかしいくら考えても答えなど出るはずもなく。
全てを知っていそうなさっきの少年に聞くほかは。
梨里香はこのもやもやを解決する方法はないのだろうかと考えた。
そしてたどりついた答えは、その少年を探し出して、今度こそことの詳細を聞きだそう。ということだった。
だが、少年を探すといっても、名前も住んでいるところさえ知らない。
なにも解らずに探し出すことはできるのだろうか。
しかしここに現れたということは、この近所に住んでいるか夏休みで遊びに来ているに違いない。
かといって、むやみやたらに街を探し歩くなんてできない。
そう思い梨里香は、しばらくこの河原に通うことにした。
もしかしたらあの少年がまたここに来るかもしれないからだ。
彼は梨里香のことを『ずっと探してた』と言った。そして『約束しただろ』とも。
ということは、向こうも梨里香のことを探している。一度会ったこの場所にまた訪れるに違いないと考えたからだ。
そこまで決めたところでふうとため息をついて時計を見ると、お昼をとおにまわっていたので、梨里香は祖母が持たせてくれたおにぎりを食べることにした。少年との時間はほんの少しに感じたが、梨里香が思うよりは長い時間が経っていたのだ。
読書にお誂え向きだと座っていた岩は、ちょうど木陰になっていて、心地良い風が頬をかすめる。
おにぎりを2コ食べ終えた梨里香は、立ち上がりしばらくその辺りを散策した。
遠くに小学生だろうか。楽しそうに川に入り遊ぶ姿や釣りを楽しむひとの姿も伺える。
やはりここは地元のひと達の癒やしの場なのだろうと、梨里香は微笑ましく眺めていた。
少しして小説のことを思い出し、もう一度確認してみようと思った梨里香は、あの大きな岩に腰かけてお気に入りのファンタジー小説『Meet You Again』を手に取り、表紙をじっと見つめる。
さっきこの小説本に起こった出来事を思い浮かべ、梨里香は表紙に手をかけた。
爽やかな風が辺りを吹き抜けてゆく。
緊張の面持ちで梨里香は表紙を開いた。
パラパラパラとページはめくられていき、しおりをはさんでいた、あのバス停で読んでいたページへと一気に到達した。
そこに書かれていた文字を梨里香は読んでみた。
* * *
「さあ、早く!」
リリィは少年に手を引かれて、駆け出した。
後ろを振り返る余裕はない。すぐそこまで追っ手が迫ってきているのは明白だ。
「うっ」
* * *
ああ、そうそう。
自分が読んでいた通りの物語がそこには書かれている。
嬉しくなった梨里香は、一番最初のページを確認すると、サブタイトルは『第1章 嵐の中で』となっていた。
よかったと安堵した梨里香は、もう一度しおりをはさんでいたページをあけて、楽しみにしていた物語の続きを読み始めた。
* * *
「さあ、早く!」
リリィは少年に手を引かれて、駆け出した。
後ろを振り返る余裕はない。すぐそこまで追っ手が迫ってきているのは明白だ。
「うっ」
リリィは雨の中ぬかるんだ道なき道を走っていたが、足を取られて転んでしまう。勿論手を繋いで走っているのだから、片方が倒れればもう片方も倒れるのは必然だ。
ふたりは立ち上がっては進み、進んでは転び……と繰り返しながら、大きな木の根元で力尽き、とうとう座り込んでしまった。
と、そこに近づいてきたのは……。
* * *
「あれ?」
ここまで読み終えた梨里香は、ある違和感を憶えた。
以前読んだ内容と少し変わっているような……。
そのときまた稲光とともに辺りに雷鳴が轟く。
梨里香は一瞬目を閉じて身をかがめるが、いつもここで目をつぶるからダメなんだと気づいた。自分が目をつぶっている間になにかが起こっているに違いない。一体なにが起こっているのか確かめようと、まだ雷鳴の響く中、意を決して目をあけてみることにした。
雷が苦手な梨里香は、いつも身につけている胸のペンダントをぎゅっと握りしめる。
お読み下さりありがとうございました。
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