第3話 突然
「やあ」
突然だれかが梨里香に声をかけた。
お気に入りのファンタジー小説『Meet You Again』の不思議な現象を確認したくて、次のページへと指を滑らせようとしたそのときだった。
突然だれかが梨里香に声をかけた。
驚いた梨里香が本から目線をその声の主の方に向けると、そこには爽やかな笑顔を振りまいて、ひとりの少年がたたずんでいた。
「え?」
梨里香はその少年に見覚えはない。
「探したんだ」
少年の言うことが理解できずに、梨里香は聞き返した。
「誰を?」
「リリィ、君だよ」
リリィと呼んだ。
「その呼び方、どうして……」
少年は梨里香のことを確かに『リリィ』と、そう呼んだ。
「だって、リリィはリリィだろ」
そう言って少年は優しく微笑んだ。
梨里香は少年に全く見覚えがない。
名も知らない少年。今出逢ったばかりの少年。
だが彼は確かに『リリィ』と声に出した。
「どうして私の名前を知ってるの?」
「そんなの当たり前だろ」
「当たり前の意味、知ってる?」
「当然ってことだよ。リリィはたまにおかしなこと言うよな」
どういうことか梨里香には全く見当もつかない。
だがこれ以上はこの話について会話を続けても平行線だと察した梨里香は、もうひとつの気になることについて聞いてみた。
「じゃあ、どうしてリリィって呼ぶの?」
そう。どうして自分の事を『リリィ』と呼ぶのか、梨里香はその少年にどうしても聞きたかった。
「だってそれが君の名前じゃないか」
「私は梨里香よ。どうしてリリィって呼ぶのか聞いているのよ」
なかなか的を射ない返答に、梨里香は少々の嫌悪感を見せた。
「それは……」
急に言葉を濁す少年に、梨里香は思わず言う。
「むっかり」
少しふくれて口から出た言葉に、彼の反応は意外なものだった。
「やっぱ、リリィは変わってないよなー」
そう言われても、やはり梨里香はこの目の前で嬉しそうに笑う少年のことはなにも知らない。
だが、彼の方はどうやら梨里香のことを知っているようだ。
「どういうこと?」
そう思うには理由があった。
まず、梨里香のことを知っているという少年の態度。
リリィと呼ぶこと。
この『リリィ』は、彼女の両親だけが梨里香のことをそう呼んでいたから。
だからファンタジー小説『Meet You Again』の主人公『リリィ』に親近感がわいていたのだ。
その呼び名でこの少年は梨里香を呼ぶ。
それに、本気で怒ってはいないが、ちょっとムカついたときに言う『むっかり』という言葉。
これはちょっとだけ腹が立った時に言う彼女の口癖のようなものだが、それを知っているとは。
なにがなんだか解らない梨里香。
「質問ばっかだね。もしかして試されてるのかな?」
少年は警戒心をあらわにしている梨里香に、少し驚いた様子を見せている。
「はあ?」
彼の言葉がさっぱり理解できないでいるだけなのに、試すとはどういうことなのだろうと、梨里香は思った。
すると少年は梨里香の様子を見て、小さくため息をついてから述べた。
「ムリもないよね。あんなことがあったんだから」
「あんなこと?」
「覚えてないの?」
そう言われても梨里香にはなんのことか、皆目見当もつかない。
しばらく考えて、梨里香はサラサラとした髪を風に靡かせ、爽やかな微笑みで彼女のことを見つめている少年に聞いてみた。今更だとは思いながらも。
「あなたの名前は?」
「憶えてないの?」
梨里香は自信満々で「憶えてない。そもそも知らない」と断言する。
すると少年は少し困り顔で、人差し指で頬をかきながら答えた。
「いやだなぁ、忘れちゃったの? ……だよ」
「え?」
さわさわと音を立てて吹く風音に、梨里香は少年の言葉が聞き取れなかった。
「……だよ」
「なに? 聞こえない」
「だから……」
その時突然風が止んだ。
少年は続けた。
「だから、ずっと探してたんだよ。約束しただろ?」
「お願い。名前を教えて!」
梨里香は大きめの声でそう放った。
すると少年は、仕方がないなぁというような素振りで息を吸い込んだ。
お読み下さりありがとうございました。
次話「第4話 その後(1)」もよろしくお願いします!