プロローグ
稲妻が空を切る。
辺り一面バケツをひっくり返したような豪雨の中、梨里香は駅前でバスを待っていた。
地元の高校に通う梨里香は、明るく活発な16歳。今日から夏休みに入り、久しぶりに田舎の祖父母宅を訪れようと、昼過ぎに元気よく自宅を出たのはいいが、それからかれこれ4時間ばかり。
途中、手土産にとカステラを買いにデパートに寄って、ついでにウィンドウショッピングなんかをしていたものだから、彼女がバス停に着いた頃には夕方になっていた。
随分遅くなってしまったが、夏ということもあり19時頃までは明るい。
田舎に向かう最終バスは、19時と早い時間だ。しかしそれまではまだ2時間ほどあるし、この時間帯だと30分に1本の間隔でバスが出ている。
バス停に着いた梨里香は左腕にはめた時計に目をやり、次に時刻表を見つめた。
ふうとため息をついた後、今発車したばかりのバスに乗りたかったと、寄り道をしたことを少しばかり悔やんだ。次のバスの時間までまだ30分もあるし、ここに座って何をして時間をつぶすかを考える。
スマホの無料通話アプリで誰かと会話をするか、読書をするか。
梨里香は後者を選んだ。
最近読みはじめたファンタジー小説の続きが気になっていたからだ。
本を読んではその世界に浸り、空想するのが好きな彼女は、いつもの愛読書をリュックから取り出した。
『Meet You Again』
「再会する」
小説のタイトルを見てそう呟いた。
彼女はこのタイトルに妙に惹かれていた。
最近読みはじめたばかりだが、このタイトルの意味が気になってしょうがない。
ゆっくりと進む不思議な物語だが、いつの間にか想像力がかき立てられてゆく。
そしてそのタイトルの意味を知りたいとページをめくっていく。
また、なぜか他人ごととは思えないと感じていた。
その理由は主人公の名前にある。
親近感をもった梨里香は、自分がその物語のヒロインになった気持ちで、その空想の世界に引き込まれていった。
* * *
「さあ、早く!」
リリィは少年に手を引かれて、駆け出した。
後ろを振り返る余裕はない。すぐそこまで追っ手が迫ってきているのは明白だ。
「うっ」
リリィは雨の中ぬかるんだ道なき道を走っていたが、足を取られて転んでしまう。勿論手を繋いで走っているのだから、片方が倒れればもう片方も倒れるのは必然だ。
ふたりは立ち上がっては進み、進んでは転び……と繰り返しながら、大きな木の根元で力尽き、とうとう座り込んでしまった。
と、そこに追っ手が……。
* * *
そこまで読んだところで、梨里香はいつの間にか降りだした雨に気づく。
バスを待ち始めて既に小一時間は経っているだろうか。
「あれ? バス、遅れてるのかな」
30分に1本のバスだが、バス停には来る気配もない。
ここが始発のはずなので、遅れているとは考えにくいが。
稲妻が空を切り、稲光が辺りを照らす。
轟音に身をかがめる梨里香。
こんな天候のせいか、暮方のバス停で待つ姿は彼女ひとり。
自宅を出たときには晴天であったので、傘は持ち合わせていない。
彼女が家を出る前に見た天気予報でも、降水確率は0パーセントと告げていた。
「はぁ。ついてないなぁ」
思わず言葉が零れる。
そこへ僅かなヘッドライトの人工的な光とともに、待ちかねていたバスが近づいてくるのが見えた。梨里香は祖父母への手土産と大切な本が濡れないように、防水加工が施されたリュックに大事にしまう。そしてバスに乗るために立ち上がった。
しかしこれが全ての始まりだと、今の彼女は知る由もない……。