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<title> sleepwalking </title>

作者: 無川 凡二

文藝部の夏コミに提出した作品です。

<section>

<!-- セーブに失敗しました

 ......[位置情報の取得に失敗しました] -->

<!-- ロードに成功しました

 ......[座標の定義に失敗しました] -->


<pre>

 目が覚めたとき、何も見えなかった。

「……ん……ぁれ…………?」

 驚きながら目をパチクリとさせるが、目が開いているのか閉じているのかも分からない程の暗闇が広がるばかり。もしや失明でもしたのかと、オロオロとしていたがどうやらそうではないらしい。

「……ここ、何処だ……?」

 背中に感じる硬い感触……そう。布団がないのだ。しばしば(often)おふとん(ofton)以外の場所で寝てしまう事もあったが、昨日の僕は確かに布団で寝ていた筈だった。それなのに、今僕は知らない場所に一人でぽつんと倒れていた。不安が心を支配してゆく。

 全く周りが見えないまま、足元の床をぺちぺちと叩いて周る。

「本当に何処なんだろう?」

 そこは寒くも暑くもなく、何の匂いもしない。かつてない程の静寂は、無い筈の音を拾おうと過敏になっている耳にキンキンと気が狂いそうな程の耳鳴りを頭いっぱいに鳴り響かせていた。

「いってぇ!」

 ごつんと何か平らな物にぶつかる。手探りで調べてみると、どうやらそれは壁の様だった。

 現在地がよく分からない場所と壁とくれば結論は一つ。

「右手法だ!」

 右手法……左手法とも言う。立体迷路攻略のセオリー。内容は極めて簡単。壁に沿って移動するだけ! 以上!

 しかし、シンプルながらに侮るなかれ、柱の様なグルグルと一周回ってしまう孤立地帯でなければ絶対にゴールに辿り着けるという魔法の様な方法だ。

 壁をなぞって移動しながら、此処にいる理由を考える。しかし、全く見当がつかなかった。

 そうこうして走行しているうちに部屋の角かもしれない九十度の凹を見つけ、そしてその先で登り階段を見つけた。

 覚悟を決めて階段を登ると、何の予兆もなくこれまでの真っ暗闇が嘘の様に辺りが眩しくなり、静寂もズタズタに引き裂かれた。

「なっ⁉︎」

 例えるなら突然部屋の電気を付けられた様な感覚で、暗闇で開き切った瞳孔が光を諸に受ける。じわじわと目潰しを食らった眼を慣らしながら、少しずつ辺りの状況に意識を向け始める。

 ざわざわと束ねられた喧騒の真っ只中、僕は地元のデパートの階段の前に立っていた。後ろを向くと地下一階へ繋がる下り階段が見える。さっきまで僕がいた暗闇などは影も形もなかった。

「アンタ、そんな格好で何キョトンとしてるのさ?」

 買い物中のおばちゃんが僕を何か変なものを見る様な目で見ていた。

「なん……でしょうね?」

 訳も分からぬまま自分に目を向けて見ると、そこにはパジャマ姿で立ち尽くしている僕がいた。

 う〜ん。どう見ても不審者。

 自分の状態を確認した上で、周囲の状態も知りたくなった僕は、そのおばちゃんに今いる場所と時間を聞く。

「場所と時間って……〇〇デパートの一階だよ。今は丁度十一時だね」

 怪訝な顔つきながらもしっかりと答えてくれた。不審者に不親切でない人で良かった。

 って良くない!完全に学校に遅刻した‼︎



 さて、困った。僕は今自宅ことアパートの前で立ち尽くしている。パジャマ一丁で帰宅するのは顔から火が出るほど恥ずかしかった。学校はもう仕方ないとして、家に入る手段がない。そもそもどうして近くのデパートに居たのか、コレガワカラナイ。

 悩んでも答えは出ず、結局管理人さんに頼んで鍵を開けて貰った。引っ越し二日目からこれでは非常に先が思いやられる。

 そのあとは、午後だけ学校へ行って普通に一日を終えた。



 また目覚めたとき、やはり何も見えなかった。

「えぇぇ……」

 二日連続である。軽い憤りを覚えながらジタバタと体を動かしてみるが、やはり床以外のものに触れる事はなかった。二度目ともなると慣れたもので、壁を見つけて右手法で移動する。

 どうしてこんな事になっているんだろう。疑問は絶えないが、まずはこの得体の知れない空間から脱出するのが最優先だ。

 しばらく歩いていると、また角を見つけた。階段を探してそのまま歩き続けるとまた角、そして……。

「うわっ‼︎」

 急に足元から床がなくなって、僕はそこを転げ落ちた。あたりの眩しさに目を開けると、そこはデパートの地下一階だった。昨日と同じく、後ろには暗闇など一切ないただの階段が続いているだけだった。

 好奇の視線を浴びながら、恥ずかしくなった僕は退場する。

「あはは……失礼しますっ!」

 元いた階段を引き返したがあの空間に戻る事はなく、そのまま一階へと続いていた。

 不用心だが窓を開けっぱなしにしていた事が幸いして、今日は誰の手も借りずに帰宅する事が出来た。

 なお、この日も学校は遅刻だった。



 アラームの音によって目覚める。やはりそこは暗闇だった。

 三度目の正直とは行かず、二度あることはなんとやらの方が適用された様だ。落胆しながらも次の行動に移ろうと立ち上がる。

 さて、昨日と一昨日は右手法を使うために暗中模索で壁に当たるまで歩いていた。

 だが、今日の僕は一味違う。アラームで目が覚めた事からも分かるように、昨日のうちに準備をしておいた。パジャマは着ずに外着を着て、ポッケの中には時計に携帯、懐中電灯、極め付けには家の鍵。フル装備だ。

 服だけがこっちに持ってこれるルールだったら無駄骨だったが、パジャマのポッケには数年ものの埃がこびり付いていたので多分持って来れると思ったのだ。

 時間はまだ六時半。これなら間に合うと思いながら、懐中電灯であたりを照らす。

「は〜ーー…………。うん」

 何も、なかった。

 暗中模索でも障害物が壁しかない時点で薄々察してはいたが、そこはデパートのフロア一階分まるまる何も置いていない場所だった。改装中のフロアってこんな感じなのかな、と思いながら、僕は階段の方へ向かう。


『0』

 階段の前の床にプリントされた階数表示が異様な趣を醸し出している。

「ゼロって何だよ……!」

 地上は一階、地下も一階、ゼロ階なんて概念は存在しない。続いて階段の方を照らすと、そこには真っ黒な壁があった。上の階も下の階も、繋がる階段の先には照らしても暗いままのベンタブラックが広がるばかり。昨日も一昨日も此処を通ったのだと恐る恐るそれに手を伸ばすと、手応えなく吸い込まれた。

「ひえっ!」

 驚いて手を引っ込める。手は無事だった。

 一方通行なのだとしたら、引っ込めると差し込んだ分だけ手がなくなるなんて事もあり得ただけに無事で良かった。

 安全を確認した僕は、昨日までと同じ様にそこに入る。懐中電灯をつけっぱなしにしていたが、その暗闇の中ではその光も見えない。丁度後ろ脚を引いたあたりで突然あたりが光に包まれる。

「「うおっ!まぶし!」」

 目を開けたままで突入した為に目の前が見えなくなった。

 ん?今声が二人分……。

 目を慣らして前を見ると、買い物客のおじいちゃんの顔が懐中電灯で照らされていた。

「うわっと、ごめんなさい!」

 すぐに懐中電灯を消す。しかし時すでにお寿司。カンカンに怒ったおじいちゃんにガミガミと叱られて、結局九時間ほど拘束されてしまった。

 この日、学校は欠席した。



 あれから毎日目がさめるとデパートのゼロ階にいた。

 どうして此処に居るのかを知る為に色々と検証したが、結局はまだ何も分からなかった。

 友達の家に泊まっても、戸締まりをしっかりしても、僕は此処で目を覚ました。開き直った僕はもう此処で目覚める人生でも良いかな、と思っていた。

 実際のところ慣れてしまえば実害はない。注意点があるとすれば休業日の脱出と、此処で忘れ物をすると二度と取り戻せないという事くらいだった。目覚めたときに快適になる様に持ち込んだものが翌日にはなくなっていた。落し物センターにでも届いていないかと期待したが、結局は届かないままだった。


 その事に気をつけながら日々を謳歌していた僕の耳み、こんな話が聞こえてきた。

「デパート、今度潰れるんだって。潰れたあとは、何かの会社が建つみたい」

 僕は戦慄した。新しい建物が建ったとき、ゼロ階はどうなってしまうのか。デパートがなくなると同時にゼロ階もこの現象ごと消滅するのならいい。しかしもし残ったとして、あの上り階段と下り階段の先が壁に埋まってでもしまおうものなら、僕は現実で“*いしのなかにいる*”を体現する事になってしまうのではないか。なくなったとしても、近所でない場所に飛ばされる様になったとしたら、学校へ通う事も難しくなる。

 僕は、どうなるんだ? 学校は卒業出来るのか?


 それからの日々はとても苦しかった。デパートは工事現場へと鞍替えして毎日が休業日になった。

 建物を出てすぐ上を見上げると、まるで僕のライフゲージとでも言いたげにデパートが取り壊されている。一階分がなくなるたびに、僕の焦りは増していった。

 体を雁字搦めに縛って眠った。目覚めると身動きが取れない状態でゼロ階にいた。

 今度はそれを壁に固定して眠った。固定具が綺麗に分断された状態でゼロ階にいた。

 一日徹夜してから眠った。目覚めるとゼロ階にいた。

 限界まで徹夜をし続けた。気がついたらゼロ階にいた。

 県外に逃げて眠った。ゼロ階にいた。

 気が狂って入水自殺を図った。ずぶ濡れの状態でゼロ階にいた。

 工事中のデパートに不法侵入して眠った。ゼロ階にいた。

 何をしても無駄だった。目覚めると必ずそこはゼロ階だった。

 もう既にデパートは一階しか残っておらず、建物にかかっている赤いカバーがまるでピンチを演出しているかのようだった。

 もう諦めよう。ゼロ階が無くなって僕もこの異変から解放される。そう信じよう。僕はそう思って納得するしか道が残っていなかった。

 学校は、行ったのかよく覚えていない。



 目が覚めると、いつも通り真っ暗なゼロ階だった。

 何度何度も此処を通り続けた僕は、既に明かりを付けないで一階にたどり着ける様になっていた。もう何か模索する気力もない。燃え尽きていた僕は、無関心に階段を登る。階段を丁度登りきったところで、何か硬いものにぶつかった。

「えっ⁉︎」

 非弾性衝突ながらも後ろへの勢いが残った僕は、そのままゴロゴロと階段を転げ落ちる。

「いってぇ…………」

 後頭部を地面に強く打ち付けた。暗い中頭がクラクラする。そのうえに捻った右腕は曲がってはいけない方向へとひしゃげてこれまでの人生で最も強い痛みを発している。しかし僕はそんな事に気を取られる様な心情ではなかった。

 よろよろと体を庇いながら再び階段を登る。硬いものに触れたところで座り、懐中電灯を付けてそれを照らした。

 そこにはいつもと変わらない、ベンタブラック以上に黒い壁があった。いつもと違って通る事のできない実態のある硬い状態でだ。

 僕は大きな勘違いをしていた。

 デパートゼロ階の階段が繋がっているのは、デパートの一階と地下一階の階段前だ。その空間に繋がっていると言うよりも、デパートに繋がっている、という方が正しい様だ。

 つまるところ、デパートの一階が取り壊された事で、ゼロ階の登り階段の先はなくなってしまった。それはつまり、地下一階が取り壊されれば下り階段も通れなくなって此処から出られなくなってしまうという事だ。壁の中に埋まる事は無い、が、代わりに此処に閉じ込められるという結末と入れ替わっただけで、決して安全になった訳ではない。

 僕は絶望した。力なくズルズルと階段を降りて地下一階へと繋がる階段に向かった。

 酷い吐き気がする。頭の打ち所が悪かったのだろう。やっとのことで地下一階にたどり着いた僕はそこで力尽きて倒れ、そのまま動けなくなってしまう。そこは既にほぼ取り壊しがすすんでおり、今日中にも埋め立てられてしまいそうな参事だった。

 グラグラとする三半規管の暴走を受けながら、助けを求める為に携帯電話を取り出そうとする。

「病院……いや、それよりも建て替えを中止させられる様な何かを……」

 右腕が使えない為に左手でポッケを探ると、二つに折れた壊れた携帯電話が出て来る。

 ……もうダメだ。

 何もできない。気絶したらまたゼロ階に戻るだけなので、それを避ける為に必死になって意識を保つ事しか出来ない。

 朦朧とした意識の中で、人が何人か集まって来た事を理解した。続いて救急車のサイレンの音。

 僕は必死で意識を保ち続けた。

 ……学校? ……行ける訳が……ない……よ……ね……。


<hr>


<em>

 工事現場に不法侵入した少年が、搬送されてきた。状態は脳挫傷と右肘の脱臼。非常に危険な状態だった。

 どうやら階段から落ちた様で、警察が現場を調べたそうだが、事件性はないようなので直ぐに工事も再開されたらしい。

 少年は何かに取り憑かれたかのように頑なに意識を保っていて、手術をすると言うと、全身麻酔を拒否して話が進まなかった。身元を調べようにも持ち物が少なく、唯一の手がかりになりそうな電話は壊れていた。

 このままでは彼は死んでしまう為、独断で手術をする事にしたら驚くべき事が起こった。

 呼吸の補助と偽って麻酔を吸引させた途端に、その少年が消失した。腕にさしていた点滴は体内に埋まっていた針の分だけ消えて、心電図は服の内側や髪に入り込んでいた分がなくなっていた。

 狐にでも化かされたのかと監視カメラの映像を確認したが、確かに少年は一瞬で消えてしまっていた。

 出来事は全てが理解を超えていた。

</em>


<hr>


 目がさめると、真っ暗闇だった。親の顔より見たデパートのゼロ階だ。

 嘘じゃない。両親は小さな頃に亡くなっていて天涯孤独。自宅と呼ぶものはどんなときも他人の家の様で、落ち着けない場所だった。家は落ち着ける場所では無かった。

 でも、今はこんなにも帰りたい。こんな寂しい場所に一人で居るよりは、あっちの方がよっぽど良かった。

 早く、此処から出ないと……。

 僕はいつも通り立ち上がろうとするが、全身の感覚はまるでホルマリン漬けにでもされたのかと思うほどに怠く、上手く体が動かない。体を引きずりながら必死に階段の元へ行く。

 間に合ってくれ。先のことは出てから考えればいい。僕は、こんな場所に居続けるのは嫌だ。

 ズルズルと下り階段を滑り降りる。

 七段、八段、九段……あと、少し……。

 硬い壁に手が触れた。

 ……そういえば、まだ試していない事があったっけ。

 “ゼロ階の中で眠る” それだけは嫌な予感がしてやってはいなかった。だがもう八方塞がりだ。それに、放っておいても意識はなくなりそうだった。

 ダメならまた目覚めてから考えれば良い。

 僕はゆっくりと目を閉じ、意識を手放した。

 また学校に行きたいな…………。

</pre>


<!-- セーブに失敗しました

 ......[定義されていないエリアです] -->

<!-- ロードに失敗しました

 ......[セーブデータが壊れています] -->

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<details>

<summary>

 詳細なレポートを表示します

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 セーブに失敗しました

 ……[位置情報の取得に失敗しました]

 ……( “自分の居場所” が定義されていません)

 ……(バックアップ “家族の認識”が定義されていません)


 ロードに成功しました

 ……[存在の定義に成功しました]

 ……[座標の定義に失敗しました]

 ・

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 セーブに失敗しました

 ……[定義されていないエリアです]

 ……(位置情報に “-¥4〜#*¥@¥57/:…\……” が収容されます)


 ロードに失敗しました

 ……[セーブデータが壊れています]

 ……(w : &(*¥5*; , x : &;53*3# , y : /+34*#&) , z : #¥:,, )

 sleepwalking.void:14: syntax error, unknown parameter

</details>

我思う故に我あり、に対して、他者に認識される故に我あり、という思想があります。

誰にも認識されないときに起きた異変は、とても恐ろしいものです。


さて、覚えたてのHTMLと読んだばかりの<harmony/>の影響をモロに食らった作品でしたが、ここまで読んで下さりありがとうございます。

ご意見ご感想ありましたら、是非。

とても喜びます。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  見たことが無い文体に驚愕しました。上から目線ですが、とても面白い試みだと思います。  誰にも見られない0階と少年というのが、Htmlの書き込み画面(?)と対応しているのですかね? とす…
2020/05/05 20:50 退会済み
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