2章 4話
私が朝食を共にすることは既に伝えられていたらしい。
広間へ案内されるとオリバの横の椅子を引かれた。
安心したような姫の顔を見るとそれだけで心が軽くなる。席を案内される身分ではないと分かっていても隣の席へ腰掛ける。
上座にはひげを蓄えた赤いローブの壮年。
時計方向に一時にオリバ姫、そして私。
それからぐるりと名も知らぬ若者が6人。
おそらく彼らが次席以降の王位継承者であり――この中の誰かが昨日姫に刺客を差し向けた誰かだ。
「姫様、ひめさま」
「なんです?」
「ここにいらっしゃるのはみなさま王様から見て子供、ですよね? お妃様は同席されいんですか?」
「貴女は本当に気がつきますね……」
ため息とも取れる息をついて姫は続ける。
「后妃も妃も食事は自室で摂られます」
「父上様にとっては愛の行き場でありこういった場で政治の采配を考える相手ではないのですよ」
王に近いからか小声で説明するオリバ姫。
「――」
それは、王にとって子供は愛の行き場ではなく政治の道具だと言っているもので。
腹の底でぐるりと動くものがあったが部外者も部外者な私が何か言って姫の立場を悪くしてはいけないとも分かっていた。
分かっているからこそ拳を握り締めていたところに、姫の手が重ねられる。
姫は自分の立場を分かっている。それでいて第一継承者の立場のために言えない事を飲み込んでその立場を保ち続けている。
物心付いたときからなのか。一体何年彼女が本音を殺しているのか。
感情移入してはいけない。そう冒険者としての経験が警告を鳴らしても腹の底がふつふつと煮えたぎる。
これが人外なら切って捨てたのに。
護るといった姫に理性の一線を保たれている私こそ獣ではないか?
嫌になる。この王に。子供たちに。私に。
姫の手の温もりだけが私を人間足らしめる。
深呼吸。ここで暴れても何にもならない。
深呼吸。世界が変われば常識だって変わる。
深呼吸、
深呼吸。
姫の手を握り返す。紺碧の視線に頷けば目に見えて肩の力が抜けた。
主人の安寧を脅かすだなんて従者失格だ。
自分の立場を思い出せ。
深呼吸。
「ところで」
壮年の――王様の声。私事の朝食の場でさえ響き通る、威厳のある声。
「オリバが原因とはいえ、何故旅人がこの場に?」
それに納得しなければ朝食が始まらないとばかりに。
原因って。確かに姫の力とはいえそんな言い方じゃオリバ姫が悪いとばかりに。
立ち上がりかけた私を制して姫の声が凛となる。
「それは、私で無いと彼女を元の世界に返すことができず」
「彼女がそれまで私を守るといったからです、父上様」
「儀式には術式を安定させるための印結びを何人も使う。それをまた使わせろと?」
「はい」
臆することなく姫は応える。
「これは私以外の誰にもできないこと、そして本来繋ぐ神の世界に繋がれば今まで以上の加護を通すだけの門ができる、その証明になったと思います」
「ふむ」
王は豊かな口ひげをさすって姫の言葉を解釈する。
「確かに次代ではそこまでの力を持ったのはお前しかいないだろう」
「しかし既にこの時点で『失敗』し関係ないものを巻き込んだこと、忘れてはいないだろうな」
「はい。元はといえば私の制御不足です。 だからこそ旅人様を元の世界に返す義務があります」
「ふむ」
「意図せぬ客人よ」
王の言葉のトーンが変わる。なにが起きたかわからずに円卓を見回すと皆が私を見ていた。
「……はい」
「そなたにはオリバを断罪する権利がある。どう思うか?」
国王と言うのはそんなにも偉いものなのか。
どれほどの罰が架せられるか分からないがここで頷けば姫は罪人になる。
「わたしは」
卓についてから水の一口も飲んでいない喉に言葉が張り付く。
「オリバ姫様を恨む気持ちはありません」
「本当です」
声はかすれていないだろうか。
握られていた姫さまの手が添えるだけになっていた。
王様の青い瞳はオリバ姫と違って深い揺れること無い深海の色をしている。
それをただじっと見つめていた。
先にまばたきで遮ったのは王のほうだった。
「本人が言うならそうであろう」
「だがしかし年若き客人よ。既にオリバに加護はない」
「そなたの行動を咎める者はあるまい」
それは遠まわしに姫を裏切ってもいいという言葉。
意識しないようにしていた感情の鍋に薪がくべられた。
「私は」
「オリバ姫様が責任を取るならば、私を元の世界に返すこと、それだけだと思っています」
どうだ、と言わんばかりに口を閉じて王を見る。
二つ席が離れているだけなのにその青からは感情が見えない。
眉も髭も動くことが無い。
だけどここで視線をそらしたら『折れる』と思った。だから私は王様を見続ける。
長い沈黙の後に紡がれる言葉は、哀れみさえ含んでいた。
「旅人様がおっしゃるならそうしましょう。 しかしそれもオリバが生きている間に限ります」
「姫様は、私が守ります」
喰らいつくような言葉は自然と出ていた。
「何人が次世代の安寧を願ってオリバ姫を狙おうと、私の命有る限りそれは叶えられません」
王様から視線をはずしてぐるりと円卓を見回す。
宣戦布告ととられても構わない。私の言葉に気圧されて姫を狙うものが減ればいい。
妃の血だろうか。髪の色は様々だけど瞳だけは共通して青かった。
それでも、オリバの瞳が一番美しいと思った。
姫の前では褪せてさえ見える青の前では恐れるものは無い。
いつの間にか立ち上がっていたことに苦笑して背もたれの大きな椅子に体を沈める。
「部外者が失礼しました。冷めてしまう前に朝ごはん、食べましょう?」
そう笑いかけると控えていた侍女たちが配膳を始める。
イレギュラーな朝はここで終わりだ。『いつも』の始まり。