2章 2話
今晩は姫の元に居なくて良いのか?
もっともな疑問だ。
だがしかし、姫の影としてその身を護る者が居ないわけじゃない。
あの時、私のほうが早かっただけで。
凶刃の使者が倒れるときには姫の後ろに『居た』。
短剣を片手に現れた白亜の髪の青年は姫より先に事態を把握すると私に鋭い視線を向けた。
いつからいたのか、最初から居たのか。
露草色の瞳は平素ならきっと綺麗だろう。
ただ今向けられているその瞳は困惑と、それを覆い隠すほどの冷たい色。
私が姫にとって敵なのか味方なのかを探る、感情の無い青。
私だってその青をただ受け止めるだけじゃない。ついで現れた刺客なのかとホルスターの二本目に手を伸ばしていた。
一触即発の空気を収めたのは命を狙われたばかりのオリバ姫。
「ニエ、リコフォス。私は無事です」
名前を呼ばれたことで二本目を投げるのはやめた。どうやら相手も手を止めたようだ。
「オリバ様。この旅人は一体」
ニエと呼ばれた青年は手こそ止めたがその短剣を収めることもなければこちらへの警戒も解かぬまま問いかける。
「私にも分かりません。ただ命を救われたのは事実です」
「リコ、貴女一体」
精一杯気丈であろうとしているが声が震えるのは隠せない。
そんな姫の肩に短剣を持っていない手をのせ寄り添う青年。直に触れることができるだけでも彼が姫にとって特別なのは分かる。
青年が本来の護衛であるならこちらも真摯に対応するべきだと思った。
「恥ずかしながら元の世界では『特級冒険者』の称号を与えられていました」
この世界にクラス分けがあるか分からないが正直に立場を明かす。
「称号、とは」
思ったとおり青年が疑問を呈する。
「私の世界では肩書き……称号がその人のすべてを現します。称号がなければ冒険に出ることもできません」
「駆け出しでも冒険者としてギルドに登録されれば魔物と戦うことが許されます。そして戦利品……それまでその魔物が溜め込んでいた金目の物を売って生活の糧にします」
「冒険者は駆け出しから初心者、それからDからSまでランク付けされます」
そこまで知らない世界の知識を吸収しようと頷いていた姫が口を挟む。
「それだと、特級が存在しませんが……?」
「冒険者はこなした依頼の数、敵の強さでランクが上がります。特級は……御伽噺と笑われるかもしれませんが、魔王、邪龍など、世界の危機を救ったものに贈られる名誉称号、です」
自分で言うにはあまりにも恥ずかしい。世界を救ったものだと言っているようなものだから。
かけられた布団に視線を落とす私に姫は好奇心を抑えきれない声で問いかけてきた。
「魔王?龍?リコの世界にはそういったものが実在するのですか?」
「……はい」
「すごい、すごいですリコ!」
「……その」
それまで口を挟まなかった青年が口を開く。
「魔王、とかは魔法を使うのか?」
何のために『魔』を冠しているのだと思う前に緊張が緩んで息が漏れる。
「ふっ」
「おい、笑うな」
「ごめんなさい。魔王は魔法を使いますし龍はその身に障壁を張りますし炎の息も吐きます」
「ならばお前も魔法で対抗するのか?」
「いいえ、人間は魔法を持ちません。魔道具で補助ができるといっても限界があります」
「――それでも、人間の居場所を守る為に戦う人がいるんですよ」
「それが、お前か」
「はい。私たち冒険者です」
「……人ならざるものを相手にしてきたのなら先の反応の速さも分かる。いや、実際にはどんな戦いなのか知りようも無いが」
「多少の訓練をしても人なら遅いくらいです」
「ニエ、さん」
「――ニエブラ」
「ニエブラさん、私ならあなたの守れないときでも……ああいえ、眠っているときとかそういうときですい。私なら姫を守れます」
「どうして」
「はい?」
「その言葉を聞く限りお前がオリバを守ると言いたげだ。何故巻き込まれた立場に甘んじずそんな提案をする」
「できることを前にして逃げ出すのは冒険者じゃありませんから」
「それに他の世界に繋げるほどの力を持ったのはオリバ姫だけでしょう?でしたら姫を守るのはおかしくないと思いますけど」
「帰られるなら手段は問わないと」
「そうですね」
「――はは、少しは方便も覚えたほうが良いぞ」
「正直にぶつかることが分かってもらえる一番の道だと思っていますので」
「それは経験か?」
「嘘をついてまで飾りたくないだけです」
「――ははっ!オリバ、とんでもないものを呼び出したな」
敬称もなにもないその言葉に引っかかったが今はそれに触れるときではないだろう。
「ニエ」
「こいつは嘘をついていない。任せても良いだろう」
影として付き添うくらいだ。彼の言葉は姫に響くだろう。
血のついた手をコートの裾で拭い、姫に差し出す。
「私が元の世界に帰るまでの間、御身を護らせてください」
「リコフォス」
「ティエラナタール王家のものとして命じます」
「私を守りなさい」
――そうして、契約は結ばれた。
オリバ姫が退室した後、ニエブラはまだ寝台の傍らに居た。
「付いてなくていいんですか?」
「俺以外にも影は居る」
「正式な発表は明日になるだろう。今晩だけでも戦の無い……それも特上のもてなしを受けることだな」
「客人。望めば手厚く迎えられるだけの日々を甘受できただろう。それも明日までだ。取り消すならオリバに取り合うぞ」
おそらくそれが青年の精一杯の優しさなのだろう。分かっていて跳ね除ける私はきっと愚かなんだ。
「元の世界では死ぬ寸前だった。それが生きているってことは予想外でも姫のおかげだ。だとしたらこの命を捧げるくらいなんともないよ」
青年のため息。きっと私はどこか壊れているんだろう。
「実際あの時オリバを救ったのは俺じゃない。お前だ。あいつが王になるまでなんでもいい。案山子でもいい。あいつを守るものが要る」
「ここで逃げなかったお前は、その数に入れさせてもらう」
「ええ。拾われた命。元の世界に未練がないといえば嘘だけど。救ってくれた人のために仕えるなら」
挑発的に笑ってみせる。
白亜の髪の青年は諦めたような息を吐く。
「男の俺には限界が在る。妹を任せた」
「え、それは」
問いを投げかける前に、青年は姿を消していた。