2章 1話
「やーめーてーーーーくーだーさーーーーーいーーーー」
私は今猫足のバスタブに沈められている。
正確には空の浴槽に入れられた後花の香りの石鹸で全身を洗われお湯で流され香油をこれでもかと揉み込まれている。
自分の体くらい自分で洗えると主張しても侍女たちの「そんなことさせられません」の一点張りで多勢に無勢。
「貴女様は客人。それも姫様の御側に付かれるとなれば相応の装いをしてもらわないといけません」
私の褪せた金髪に丁寧に櫛を入れる黒髪の侍女が繰り返す。
「でもこれはやりすぎじゃない?」
「いいえ!」
なんてことを、と言いたげに否定された。
「私たちは姫様からリコフォス様を丁重にもてなすようにとご指名を受けた、姫様の信頼を受けた精鋭なのです」
「つまりその期待に答えさせろ、って?」
「そういうことです。リコフォス様が元の世界でどのように生活なされていたかは分かりませんがここでは一等客人として私たちにできることはさせてもらいます」
そばかすの侍女が続ける。
「お言葉ですが、二三度洗うだけでは櫛が通らないだなんて!」
「うん、それでどんどん石鹸変えられたね」
「姫様の護衛を申し出るほど。いくさごとに関しては玄人。結っていたほうが目にかからないから伸ばして結われていると存じ上げますがこれでは髪が可哀想なほどです」
「伸ばしていた理由は正解。だけどそこまで言う?」
「言いますとも!折角お美しい亜麻色の御髪、言葉が語れるなら泣いていることでしょう」
おそらくこの中で一番偉い黒髪の侍女は止めない。同じことを思っているのか。
順繰りに手足を揉む侍女を見ても止めそうな娘は居なかった。
おそらく彼女たちが満足するまで湯浴みは終わらないのだろう。
諦めて力を抜いた時、黒髪の侍女がぽつりと言葉を漏らす。
「私たちを指名したときのオリバ様は大変楽しそうでした」
「ちょっと、いきなりそういう話する?」
「オリバ様は、身を護られる以上に、貴女様に期待をしているのでしょう」
「だからこそ、私たちはオリバ様の横に並んでも眩まないようリコフォス様を磨き上げるのです」
「仕えるものでは満たせなかったオリバ様のお目に適った貴女様を」
「……」
「……今のは独り言です」
「うん、何も聞いていない」
「けれども、第一継承者としての重荷を、リコフォス様が和らげることができるなら」
「私たちはそんな貴女様の身の回りを任された者として、これほど光栄なことはないのです」
「セーミャさん……」
「――! 私なんかの名前を、」
「姫様が部屋に入れるときに呼んだでしょ?」
黒髪の侍女――セーミャは口元を覆う。
「光栄なことでございます……」
ああ、本当に彼女たちは姫を慕っているんだ。
だからこそ、抜擢ともいえる私の世話に、姫様の信頼に応えたいのか。
「あなたたちの気持ちはよく分かった。元の世界じゃ受けられないもてなし、精一杯受けるのも私の仕事かな」
「リコフォス様……」
「だけどこのままじゃ風邪を引きそう。お湯をもらってもいいかな?」
「ええ、今すぐに!」
入れ替えられたお湯にも香油が浮かべられ、さらに一通りの手入れをうけた私は風呂を後にする。
バスローブの横にはふんわりとした寝巻き。
ワンピース型のそれは暖かく眠れるか少々不安になったが布団がふかふかだから大丈夫だろう。
脱衣籠の一番上においてある脚用のナイフホルスターを手にする。
正式な紹介は明日するという。それからは寝室は姫と一緒だろう。
だからといって私が狙われないという確証も無い。
いつもの場所にホルスターを留めるとローブを羽織った。