1章 2話
「この国は大国に囲まれていて、王家だけが開ける異界の扉ごしに異世界から加護を受けていて成り立っている」
「そして姫様は本来繋ぐはずの世界ではなく私の世界につなげてしまって――たまたまそこに私が居た、と」
「そういうことですか?」
自分なりに整理すると姫は申し訳なさそうに視線を泳がせながらも肯定した。
「ええ、なのでリコ様は、私のせいで……」
「お姫様にサマ付けされるほどじゃないです。リコと呼んで下さい。 で、ええと、私の世界は不規則な動きをするからそうそう簡単には繋げない、と」
姫の顔が暗くなる。慌てて私は言葉を探す。
「そもそも繋ぐ先を間違えたのだって姫様の力が強かったからギリギリ範囲にあった私の世界に繋がっちゃっただけなんですよね?それって姫様の力が群を抜いているってことじゃないですか!」
「でも私は……役目をまっとうできなかったどころかリコを巻き込んで……」
「儀式は一回だけじゃないんですよね?でしたら姫様だってまだ――」
不思議な状況だ。なぜ私は誤って呼び出した人のフォローをしているのだろう。
それでも海のような瞳が曇るのは耐えがたかった。
「――駄目なんです。汚名は返上できないんですよ。リコ」
「そんな甘いことが許されるほど王家というものは優しくないのです」
「それに」
「第一継承者というのは生まれ順に授けられる席。実際に王家を継ぐのは、一番に加護をもたらした者。私が失敗したとなれば他の兄弟も動き――」
「姫様!」
顔を覆うその背後に天井から影が落ちてくる。
その時何を考えていたか?何も考えていない。ただ体が動いていた。
着替えをさせられていなかったのが幸いした。
それがどこにあるか視線を遣らなくても分かる。
懐からナイフを抜いて投げる。
温かくて赤い、命が噴出す。
ああ、姫の髪が、陶器のような肌が、長さと膨らみを持たせつつも動きやすくあつらえられたドレスに、鮮血の模様が落ちて、似合わない。
ハンナが立ち上がったときには、ショートソードを持った不届き者はその首を裂かれ絶命していた。
「なるほど、一番に儀式を行う権利は与えられるけれど、といったところですか」
「リコ、貴女一体」
姫の横をすり抜け凶刃の使者をの絶命を確認しながら分かったことをを口にする私に、姫は震える声で問う。
「オリバ・ビア・ラクテア・ティエラナタール」
名を呼ぶと姫の肩が跳ねた。
「私は≪黄昏≫。 恥ずかしながら元の世界では『特級冒険者』の称号を与えられていました」
血溜まりの中に跪く。手についた汚れを外套の裾で拭って姫に差し出す。
「私が元の世界に帰るまでの間、御身を護らせてください」
かしずいた視界に映る姫の足は震えている。それもそうだ。
汚いと、物騒だと、跳ね除けられても仕方ない。
このまま牢に連れて行かれればまだいい方だ。危険分子として首を落とされる可能性も有る。
特級で集められたパーティで討伐に赴いた異形は倒されただろうか。
長い沈黙の間に余計なことが浮かんでは去っていく。
「リコフォス」
姫の声は震えてはいなかった。むしろ凛として通る、身が引き締まる声。
「ティエラナタール王家のものとして命じます」
「私を守りなさい」
差し出した手に乗せられた姫の手は手袋越しでも華奢で、年はそう離れていないだろうに生き方の違いを突きつけられたような気がした。
「Yes,your highness.」
そして私は姫の護衛になった。