1章 1話
次に目を覚ましたのは、真っ白でふかふかの寝台だった。
心地よい。雲の上で寝たならきっとこんな感じ。
微睡みを貪ろうとしたところで、声をかけられた。
「お目覚めですか?」
首を傾けると、寝台の傍らに座っている女の人がいた。
赤い髪を纏めてシニヨンキャップを被せ、黒いロングスカートに白いエプロン。
クラシックな侍女の格好だった。
見つめていると、髪と同じ赤い瞳が細められた。
「……言葉はわかりますか?」
そこで私は彼女の言葉に答えていなかったと気づく。
「わかります」
それを聞くと侍女は小さく一度頷いた。
「天界で言葉が通じないこともあるんですか?」
そう訊ねると、それまで隙一つない所作だった彼女は分かりやすく顔を歪めた。
「はい?」
「ええと、天界では……」
同じ質問を繰り返そうとした私の言葉は遮られた。
「ここは天界ではありません」
今度は私が呆気にとられる番だった。
「だって私、死んだんじゃ」
「今生きてるじゃないですか」
ごもっとも。しかしどういうことだろう。どうにか理解しようと素早くまばたきを繰り返しながら考える私に侍女は真顔で続ける。
「もしやここを死後の世界だと?」
「違うんですか?」
くすっ。……こほん。
笑いを殺しきれなかった侍女はすぐに澄ました顔を取り戻す。
「失礼いたしました。」
「ここはティエラ・ナタール。貴女様の世界にもありそうな言葉で言うなら――異世界です」
「……はい?」
いせかい。イセカイ。異世界。異なる世界。
今度はまばたきを忘れて硬直した私に侍女は軽く眉を寄せた。
「つまり貴女様の世界とは違う場所なのです」
「そんなところに、どうして私が?」
「それはですね――」
と、扉を控えめに叩く音に続いて鈴を転がしたような、それでも遠慮がちな声が聞こえた。
「ハンナ、様子はどうですか?」
「目を覚まされてただいまお話をしているところでした」
「ハンナ!」
かわいらしい怒号とともに扉が勢いよく開け放たれる。
腕の動きに合わせて揺れる銀の絹。光が当たっているところは虹色にも見え、蒼い宝石は寝台の上からでもきらめかせているのがよくわかる。
「真っ先に私に知らせてと言ったじゃないですか!ずるいです!ずる」
「姫、恐れながら客人の前です」
侍女――ハンナがすまし顔で告げると姫は文句を言い足りないとばかりにじとっとハンナを見た後に寝台に体を起こしている私に視線の高さを合わせた。
「お見苦しいところをお見せして恥ずかしい限りですわ。申し訳ありません」
「い、いえ。あの、お姫様って……?」
「申し遅れました。オリバ・ビア・ラクテア・ティエラナタール。この国の第一継承者を勤めさせていただいています」
今更、とんでもない人と話しているのではと言うことに気がついた。
「旅人さま、貴女のお名前をお伺いしても……?」
「リコフォス、です。 あの、旅人、とは?」
姫がハンナを振り返る。その意図を察してハンナは口を開いた。
「本当に目を覚まされたばかりでそのあたりの説明もまだ終わっていません」
それを聞くと姫は真面目な顔をして頷いた。
「それでは私のほうから説明するのが筋と言うものですわ」
そうして語られたのは――おおよそ私の常識を超えていた。