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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界へ行くスキルを身につけた僕は本当の世界を知る

作者: 月水天

超長いです。まじで長いです。

軽く1章の導入くらいあります。

で、でも、面白いと思います……

 

 視界一面に、生々しいピンク色が広がっている。


 それは、今まで生きてきた16年間で一度も見たことのないような、そんな不思議な色をしていた。

 僕は何故か動かない自分の身体に疑問を抱きながら、目の前に広がる『ピンク色』に視線をさ迷わせる。

 鮮やかなピンク色━━初めはそう思っていたが、よくよく観察しているうちに、それが間違いだと気づく。

 そのピンク色の中に、婉曲し、波打つように青い線が存在していることに気づいた。


 これは、何なのだろうか?


 とめどない疑問が胸の内から込み上げてくる。

 気になって、さらに目を凝らす。

 しかし、何も見えない。

 一面に広がるピンク色と、その中を這うように存在している青い線、それ以外に何も見えない。

 わからない、もういいや━━そう、このピンク色の正体を突き止めるのを諦めて僕はそろそろ立ち上がろうとした。


 あれ?


 けれど、身体はピクリとも動かない。

 指先、爪先にさえ力が入らない。

 試しに瞼を動かして見ようと力を入れたが、それも徒労に終わった。まるで時間が止まっているかのように、僕はこのピンク色の前で存在していた。

 瞼は動かない。指先も動かない。

 けれど、眼球は動く。

 辺りを見渡せる。

 僕は、自分の身体を見た。


 そして納得した(・・・・・・・)


 これじゃあ、指先に、爪先に力が入らないのも当然だ。

 僕の四肢は、何かおぞましいものに食いちぎられたかのように歪な傷口を残していて━━そしてその先は存在していなかった。

 脇腹も同様。肩も、背中もだ。

 僕の身体の、顔を残してほとんどすべての部位は、大きく肉を抉られ骨を露出していた。

 端的に言おう。

 僕はほとんど死んでいた。


 そこで、僕はようやく目の前のピンク色が何かに気づく。

 僕をこんな風にした『元凶』。

 物語の中でしか語られることのない『幻想』。

 そして、僕の日常に突如割り込んできた『非日常』。

 そうだな。回りくどい言い方は止めよう。

 信じてもらえないかもしれない。

 気が狂ったのかと心配されるかもしれない。

 だが、信じて欲しい。

 これは━━『龍』だ。


 そしてさらに、今現在進行形で迫ってきているピンク色は、龍の咥内だ。その証拠にほら、視線を少しずらせば、僕の身の丈ほどもある黄ばんだ巨牙が見える。

 僕は理解する。

 どこか時の流れが遅く感じていた理由。

 こんなにも泣きたくなっている理由。

 胸の内から沸き上がったくる激情。

 そのすべてを理解する。

 理解した上で、僕の脳はその現実を拒む。

 この突如現れた災厄に、喰われかけているという事実を。


「……ぁんで?」


 なんで?

 どうして僕がこんな目に?

 意味がわからない。

 僕が生きてきた16年間という現実は、こんな龍なんていうファンタジー溢れる生物は存在しなかったはずだし、こんな簡単に『終わってしまう』ようなものでもなかったはずだ。


 混乱する。死にたくないという想いが頭の中を埋め尽くす。

 どうしてか痛みはなかった。だけど、ここでこの龍に喰われたら死ぬということは本能的に理解していた。


 だから僕は、声をあげようとした。

 けれど、それも叶わない。

 当たり前だ。

 これは、あれだろう。

 死ぬ瞬間、脳のリミッターが外れて思考が超速で回り、世界がスローモーションに見える例のやつだろう。

 僕がこんな風に長ったらしく考えていても、現実ではコンマ何秒かの時間しか立っていないのだろう。


 声を上げることさえ許されない。

 ほんの数秒後には、目の前の理不尽に綺麗に頂かれてしまうのだろう。

 吐きそうだ。僕はまだまだやりたい事がある。

 死にたくない。こんな所で終わりたくない。

 終わっていいはずがない。


 僕はそんな誉められた人間ではないけれど、こんな風にあっけなく殺されるほど、悪い事をした訳じゃない。


 ただ、何もしなかっただけだ。


 それがこんな風に理不尽に死を与えるに得る罪だと言うのなら、この世界の半数以上は死に絶えているだろう。


 だから、思うのだ。

 なんで僕がこんな目に━━、と。

 けれど、現実は非情だ。

 数億何千万という確率の中で、僕は特大の外れを引いたのだ。

 その事実は、どうあがいても変わらない。

 けれども。


「……死にたくない、なぁ」


 僕が死んだら、母さんが悲しむ。

 きっと父さんも悲しむ。

 それなりに仲の良かった友達らも悲しむかもしれない。

 誰かを悲しませるのは嫌だ。


 それに何より、まだまだやりたいことがある。

 高校では可愛い彼女を作りたいし、将来結婚だってしたい。

 なりたい職業もあるし、まだまだたくさんの事をしたい。


 けど━━、そんな慎ましやかな『夢』を見ることさえ、もう叶わない。

 理不尽だ。そう嘆く。


 で、次の瞬間にばくりといかれた。

 下半身を持っていかれた。

 痛みはなかった。血も流れていなかった。

 けれど代わりに傷口から光が漏れていた。

 その光が溢れていくごとに、自分の存在が稀薄になっていくように感じた。


 あぁ、死ぬのは嫌だ。


 そう思った。

 漆黒の鱗を纏った龍がこちらを振り向く。

 今度こそ、僕を食いきるつもりだ。

 そう直感した。


 龍がその長い首をもたげる。



 ━━その瞬間。



 世界に、黄金の稲妻が走った。

 その稲妻は龍のその長い首を一撃で刈り取った。

 龍の首は地面へと墜落する。

 それに追随するような形で、数メートルはある龍の巨体も轟音を上げて地面に倒れこんだ。


 そして、僕は見た。

『龍』の亡骸の上で儚げな表情を浮かべる━━黄金のような少女を。


 僕は、上半身と下半身がわかたれ、今にも死に向かう最中だというのにその少女に見惚れた。

 その少女は、絹のように滑らかな金色の髪をしていた。

 その少女は、透き通るような白い肌をしていた。

 その少女は、まるで血のような瞳をしていた。

 そして何よりその少女は━━触れられざる高貴を備えていた。


 ほんとに同じ人間なのか、そう疑問を抱かせるような、そんな神秘的な存在感を放っていた。

 呆然とその少女を眺めていると、少女はどこからか剣を取り出し、それを龍の亡骸に突き刺した。

 その途端に、龍の亡骸は弾け、光の泡となって消えていく。

 目の前の非日常の連続に、既に僕は限界だった。


 と、その時。

 不意に目の前が、暗幕に覆われたかのように真っ暗になった。

 どうやら時間切れらしい。

 最後にもう少し、彼女を見たかったな。

 そんな事を思っていると、冷たいアスファルトを通して、コツコツと誰かの足音が聞こえてきた。

 朦朧とする意識、もう殆ど何も見えない瞳を動かして、何とかその足音の主の正体を確かめる。


 答えはわかりきっていた。

 少女だ。

 黄金のような少女だ。


「%△※■●★◇」


 少女は何事かを話す。

 けれど、僕の耳はもう機能を果たしていなかった。

 少女が何を言っているのか、これっぽっちも理解していなかった。


「★△※▽●◇★◇●」


 さらに何かを話す。

 やはり何もわからない。

 けれど、最後の最後の言葉━━。

 黄金のような少女がこちらを無表情に見つめながら発した最後の言葉だけは━━、理解できた。


「△●◇■◇★━━━━生きたい? それとも、死にたい?」


 僕は答えた。

 血の味がする喉を震わせて、死に絶えている身体に鞭を打って、言った。


「生きたい」


 少女は頷き、懐から鈍色のナイフを取り出して、それで僕の心臓を貫いた。


 ※※※※※※


 ━━ピピッ、ピピピッ。


 朝六時半を知らせるアラームで僕は目を覚ます。


「変な夢見た」


 僕は苦々しげにそう呟き、ベッドから出る。

 立ち上がり、顔を洗おうにでも行こうと思ったときに、無意識に自身の身体を確認している自分がいることに、苦い笑みを浮かべた。


「馬鹿馬鹿しい。何が龍だよ。そんなのあるわけないだろ」


 顔を洗った後、僕は朝食の準備をしながら思わずそう呟いた。


「そういうのは、もう卒業したんだ」


 脳裏に甦るのは忌まわしい記憶。

 中学二年生の時に陥ったあの病。

 あの頃の僕は夜な夜な黒のコートを羽織り、鏡の前でそれっぽいポーズを決めて、「暗黒討滅斬!」などと叫びながら家にあった木刀を振るっていた(僕は訓練のつもりだった)。

 そして僕は一国を相手にしても負けない龍騎士で、可愛い王女様の婚約者だったのだ(僕は本気でそう思ってた)。

 鏡の前でそうした妄想をして、意味ありげに「ふっ」と笑う練習をしたことがある(できたらかっこよくね?と思ったのが始まりだった気がする)。


「あああああああぁ!!!」


 思い出した黒歴史のあまりの恥ずかしさに、僕は右手に持っていた卵を割ってしまう。慌てて片付けてから、僕は再度考える。


 もしかすると、僕はそういうのを止めたつもりだったけど、本当は……。

 ゾッとした。

 十分ありえる気がしたからだ。

 夢に見る程って、僕は高校生になってまでそういうのに憧れているのか?


 だとすると、イタすぎる。

 いや、イタいなんてもんじゃない。

 もう死ね。

 そんな恥ずかしいやつ死んでしまえ。


「まじで昔の僕死ねぇぇぇ!」


 またもや右手に握っていた卵が潰れ、僕は慌ててそれを片付けた。


「はぁ、もういいや。考えないでおこう」


 考えてもどうせ無駄だし、考えれば考えるほど何の罪もない卵が犠牲になってしまう。

 僕は気を取り直し、目玉焼きを作って食べた。


 ※※※※


 部屋に戻り、ごろりと寝転がる。

 今日は土曜日。

 一週間のうち二度ある楽園(エデン)の一角である。

 ……って今の言い方はかなり中二臭いかも……。

 ぶるぶると頭を振る。

 今のは気の迷いだ。

 もしくは今日の夢のせいだ。


 時計を見る。

 まだ7時だ。

 暇だな。

 僕はベッドから立ち上がり、壁に立て掛けている本棚に向かった。

 その最中、違和感に気づく。


「……あれ?」


 違和感の正体は扉だ。

 しかも、ただの扉じゃない。

 ハリーポッターの世界に出てくるような、両開きの古めかしい木扉。


「こんな所に、扉なんてあったっけ?」


 なかったはずだ……よな?

 僕は突如現れた木扉に興味を引かれ、まじまじと観察する。

 チョコレート板のような色をした扉だ。

 かなり大きい。

 僕の身長より、20センチほど大きい。

 ほとんど天井いっぱいまで広がっている。

 扉にはプラステックやガラスのような近代の素材は使われてなく、また装飾品の類いなども皆無であった。

 焦げ茶色の無骨な木扉。

 それが僕の抱いた扉の印象だった。


「ふむ……」


 腕を組み、思案するのはこの扉を開けてみるかどうか、だ。

 順当に考えるなら、この扉の先に繋がっているのは父さんの部屋だ。扉を開ければそこにはパンツ一丁でだらしなく爆睡している父さんがいるだろう。

 ━━しかし、この扉の先にはそんな日常風景が広がっているような気が、全くしないのだ。


 証拠はない。

 いわば、ただの勘だ。


 けれど、どくりと心臓が高鳴った。

 これでも昔はばりばりの中二病だった。

 止めたとはいえ、こんな謎の扉がいきなり部屋に出現したらワクワクするに決まってる。

 開けたい、とそう強く思った。


「よし」


 覚悟を決め、

 どくどくと高鳴る心臓を押さえつけて、

 ゆっくりと扉を開けると━━。




「━━は?」


 間の抜けた声が出た。

 しかし、それも仕方ないと思う。


「え、え、え?」


 僕は恐る恐る、扉の先に足を踏み出す。

 ざくっと、土を踏み鳴らす感触が足から伝わる。

 爽やかな、まるで田舎のような澄んだ風が吹く。


「な、なにこれ?」


 呆然としながら、僕は()を見る。

 青々とした空が広がっている。ついでにいえば、僕らが見ている太陽より二回りほど小さな太陽が三つ(・・)横に並ぶようにして存在している。


「━━へ、へへ」


 乾いた笑いが漏れる。

 初めは夢だと思った。

 まだ夢の続きを見ているのだと、それか幻覚でも見ているのだとそう思った。

 しかし。

 吹き付ける風の感触。

 三つの太陽が放つ心地のよい暖かさ。

 僕の五感のすべてが、これは『夢ではない』とそう結論づけていた。


 僕は乾いた笑いを浮かべて、その馬鹿みたいな現実を受け止めた。


 部屋に出現した謎の扉を開けた先に待っていたのは。


 ━━異世界だった。


 その現実を。



 しばらく呆然と佇んでいると、不意に声が聞こえた。


『隣界人:佐藤 空の来訪を確認』


「え、なにこれ?」


 頭の中に響く、無機質な声。

 まるでAIのような、そんな抑揚のない音声。

 慌てて、僕は辺りを見渡す。

 木、木、木、木。

 木しかない。ここはたぶん森の中。

 人の気配はない。

 なら、なんなんだこの声?

 てか、頭の中で響いてる?

 なに?僕の身体に何が起きてるんだ?


 いきなり頭の中で響いた声に軽くパニックを起こす。

 けれど、音声はなりやまない。


『佐藤空が、初の隣界来訪者であることを確認。称号【隣界訪問者】を付与。追随して『順応』を開始します』


「━━は?な、なにが━━━ッッあああ!!!!」


 疑問を発する前に、全身を炎で炙られているような感覚が僕を襲う。熱くて痛くて、とにかく苦しい。

 特に、頭が痛い。ハンマーで思いっきり殴られているかのような、そんな感覚だ。痛みに耐えきれず、胃の中身をぶちまける。

 けれど、痛みと暑さは一向に収まらない。

 しばらく虫のようにのたうち回っていると、不意に嘘のように痛みが消えた。


『━━『順応』に成功しました。根源スキル【ステータス】を獲得しました。また、順応の副産物としてスキル【アナライズ】を獲得しました』


 それっきり、あの無機質な声は聞こえなくなった。

 僕は口許を拭い、よろよろと立ち上がった。

 それから、音声が発した言葉の意味を考える。


「スキルに、ステータスに、アナライズ? 」


 知っている。その単語の意味は知っている。

 一度でもゲームをやったものなら、その単語の意味はわかるだろう。いや、でも。

 そんな。


「自分の身体に起きたことが、全く理解できない。

 意味がわからない。なんだこれ?なんでこうなった?

 ていうか、なんで頭の中で声が聞こえたんだ?僕の頭はついにイカれたのか?夢か?やっぱり夢なのか?いやでも……ッ駄目だ」


 パニックを起こしそうになるのを、僕は大きく深呼吸をして納める。


「とにかく、今はそんな事を考えても意味がない。たとえ僕の頭が狂ったとしても、元の世界に戻って精神科にいけば、治してもらえる筈だ」


 僕は後ろを振り返る。

 そこには、例の扉がある。

 つまり、いつでも帰れるというわけだ。

 僕は少し心の余裕を取り戻す。

 地面に座り込み、僕は考える。


「もし、これが、この世界が本物だと仮定すると……」


 ちらりと背後の扉に視線を向ける。


「あの扉が僕の部屋とこの異世界……いや、隣世界を繋いでいることは間違いない」


 僕はそう確信する。

 では何故、急に扉が部屋に現れたのかが疑問だが、それについては全くわからない。

 昨日は学校が終わり、珍しく自転車で帰って、ご飯を食べて、風呂に入って……と、自転車で下校した以外は、特に特別な何かが起きた訳ではない。


「考えても、無駄か」


 ボリボリと頭をかき、そう結論づけた。


「となると、さっきの音声が言ってた内容━━【称号】だとか【スキル】だとか【アナライズ】やら【ステータス】やらが一体なんなんだって話だけど……」


 これは、なんとなくだけど検討がつく。

 昔少しだけやったゲームに、同じような単語が並んでいたのを覚えているからだ。


【称号】っていうのはある一定の偉業を成し遂げた時に与えられる報酬で、特殊な効果を追加で得ることができる。成長力増大とかそういうの。


 そんで、【ステータス】っていうのは、キャラの能力値を表している数字の事だったはずだ。レベルだとか、筋力値とか。


【スキル】はなんていうか……超能力みたいなものだった気がする。確か、【アナライズ】っていうのもこのスキルの一種だった筈だ。


「……ふむ」


 取り敢えず知識を総動員して、あの音声の言った内容を理解してみようとしたんだが━━予想以上にゲームっぽいな。

 ていうか、ゲームじゃん。

 しかも俺が憧れていた龍騎士とか姫とかいるタイプのやつじゃん。


「なんか……ワクワクするかも」


 ━━はっ!


「いや、別にワクワクなんかしてないから! そういうのはもう卒業したんだからね」


 誰に対する言い訳なのか、僕自身にも分かっていなかった。

 でも、この自分の頭がおかしくなったのかという『恐怖』に対する強がりだというのは、わかっていた。


 ※※※※


 ボスッとベッドに腰掛ける。

 扉をくぐり、僕は自分の部屋へと戻ってきたのだ。

 扉に視線を向けるが、一向に消える様子はない。

 図太く、まるで「ここもともと俺の場所だけど?」とでもいうような堂々たる様子でそこに佇んでいる。

 母さんに見つかったらどうしようか、……絶対怒られるよね。


 と、憂鬱な気分になりつつも、もうどうしようもないので見つかったら見つかったで土下座し倒そうと決意し、僕は取り敢えず現状の把握に勤めた。

 具体的には、先ほど頭の中で響いたスキルやらステータスというやつだ。

 まずはステータスからだ。

 確かゲームでは……


「ステータス!」


 こんな風に叫んだら、ステータスが表記されたんだけど……。


 ━━━━━━━━━━━

 佐藤 空 16歳 


 レベル:1


 筋力:15

 体力:10

 耐性:8

 敏捷:12

 魔力:10

 魔耐:10


 スキル:【繋扉コネクト・ドア】【アナライズ】


 称号:【隣界来訪者】効果『成長速度に莫大な補正』


 ━━━━━━━━━━━


「ほんとに出たよ……」


 半ば呆れたような声で、僕はそう呟いた。

 目の前に現れた半透明状の板にそっと触れる。

 ガツンとした、硬質な感覚が返ってくる。

 どういう原理かはわからないが、どうやらここに確かに存在しているらしい。


「にしても、スキル【繋扉】か……これは確実にあの扉の事だよなぁ」


 だとすると、あの扉は僕が作ったってことになるよね。

 ……まじで?

 ごくり、と唾を呑み込む。

 僕はゆっくりと扉に近づき、【アナライズ】のスキルを先と同じ要領で発動させた。



 ※佐藤空のスキル【繋扉】によって生み出された扉。

 ※この扉は魔物と人が住む隣界『アーシリア』に繋がっている。



「……やっぱり、この扉は僕が作ったのか」


 薄々そんな気はしたが、いつ作ったのかは心当たりがない。

 そんな事をした覚えがまるでない。

 何より、昨日の僕にはこんな超常の物体を作る技術なんてなかった筈だ。

 朝になって扉が出現したのだから、僕が寝ている間にこの部屋に何かが起きたと考えるのが順当だけど……アナライズで見た限り、僕が作った事になっているのだ。

 全くもって……わからないな。

 自分でも知らない間にこんなものが作れるようになっていて、作った覚えもないのにそこに確かに佇んでいる。

 かなり気味が悪い。


 しかし、そういうことだと無理矢理納得する。

 この扉を僕は寝ながら、何かしらの方法で無意識に作り上げたのだと、そう無理矢理納得する。

 僕はため息をついてから、扉について思考を巡らす。

 ステータスについてはもう大体わかったからだ。

 称号は文字通りの意味と効果だし、レベルという概念も向こうの世界には存在するのだろう。

 と、そこまで考えた所でアナライズで見た扉の表記を思い出す。


 ※この扉は魔物と人が住む隣界『アーシリア』に繋がっている。


「やっぱり、居るんだな……魔物」


 僕は思わずそう呟いた。

 スキルがあり、レベルがあり、さらにはステータスだなんてものもあるのだからもしかするととは思っていたが、やはりあの世界には魔物が存在するようだ。

 乾いた笑みが浮かぶ。


「はは、ほんと、ゲームみたいだね」


 ここまで似ていると、現実世界のファンタジーゲーム製作者たちは、この隣世界を参考にしてあれらの作品を作り上げたのではと思わずそんな疑念を抱く。


「……と、それはともかくだ」


 どうしようか。

 何がって?

 決まってる。

 この先、この扉を使って隣世界に向かうかどうかだ。

 普通に考えれば、わざわざ魔物という明確な危険が存在しているというのに扉をくぐる必要はない。

 けれど、胸の高鳴りは抑えられない。

 僕が生きてきた16年間で、今が最もワクワクしているのは確かだ。


 ━━もう一度行きたい。


 そう僕は確かに思っているのだ。

 魔物に殺されるかもしれないというのに。

 いや、それだけじゃない。

 向こうの世界の住民がこちらに友好的かどうかもわからない。

 声を掛けた途端に囲まれて殺されることだってあり得るのだ。

 何せ、世界が違う。

 文化も価値観も違うだろう。

 この日本では見知らぬ他人には礼儀をつくしなさいという文化があるが、向こうの世界ではそんなものはないかもしれない。

 むしろ、見知らぬ他人には暴力を振るいなさいなんていう文化があるかもしれない。

 不確定要素はいっぱいだ。

 不安な要素しかない。


 けれど、僕はもう一度行きたいのだ。

 あの世界に。

 だって、━━楽しそうじゃないか。

 向こうの世界は。


 ※※※※



「よし」


 現場用のヘルメットをかぶり、父さんの部屋から拝借してきたゴルフクラブを手に、僕は扉の前に立っていた。

 最低限の装備だ。

 これが役にたつかはわからないが、何もせずに向かうよりかはましだろう。


「さて、いきますか」


 僕は扉をくぐる。


「━━」


 思わず息を飲む。

 前回とは、少し様子が違うのだ。

 景色は同じだ。

 森の中で辺りは少し薄暗く、足からは剥き出しの大地の感触が伝わってくる。

 しかし、気温が違う。

 少し肌寒い。

 空を見上げると、まだ太陽は登っていなかった。

 おそらく前回は昼だったが、今は朝なのだ。


「もしかすると、時間の流れが違うのかもしれない」


 僕はそう結論づけて、森の中を散策する。

 ゴルフクラブをぎゅっと握り締めて、僕は取り敢えずまっすぐ進む。時々ポケットに入れたナイフで近くの木に目印を入れるのを忘れない。

 そんな事をしつつ、僕は歩く。

 すると、それは不意に現れた。


「━━っ」


 僕は出来るだけ音を立てないようにして、近くの木に隠れる。

 そろそろと木影から顔だけをゆっくりと出して、確認する。

 ぽよぽよと跳ねる粘液状の謎の生物。

 僕の知識と照らし合わせると、その姿はスライムというやつが一番似つかわしい。


「……あれが、魔物か」


 呟き、僕はやり過ごそうと身を潜める。

 少し、いやかなり怖い。

 やっぱり、魔物というからには人間を襲うのだろうか。

 出来れば見逃してくれたり、しないかな?

 そんな事を考えるが、スライムはこちらに気づいているのかズリズリと這いながら、僕の方に向かってくる。


「これは、明らかに気づかれてるよね……」


 僕は覚悟を決めて、木陰から踊り出る。

 もうすぐそこまでスライムは接近していた。

 僕が姿を表したのを見て、スライムは興奮からか身を震わせた。

 僕を食べようとしているのがわかり、僕は情けなく「ひっ」と声を上げてしまう。

 ゴルフクラブを握る手がカタカタと震える。

 深く考えていなかったが、これは命のやり取りなのだ。

 死ぬかもしれないし、相手を殺してしまうかもしれない。

 そんな事なのだ。僕が今からしようとしていることは。


 スライムが、ゆっくりと這いずってくる。

 怖い。めっちゃ怖い。

 でも、やるしかない。

 やらなきゃやられる。

 魔物がいるということは知っていたのだ。

 軽いなりに、覚悟はしたのだ。

 だから僕は今、武器を持っている。


「うわあぁあああ!!」


 情けない声だ。

 自分でもそう思った。

 けれど、僕のその弱々しい声に反して、繰り出された一撃は僕の予想を軽く越えていた。

 ゴルフクラブがとんでもない勢いで空を走る。

 それは鈍色の軌跡を残し、尋常ではない破壊力でスライムの身体に突き刺さる。

 ぼんっと鈍い音を立てて、スライムの体が四方八方に飛び散る。


「……え?」


 呆然と立ち尽くす僕を置き去りにして、視界いっぱいにLVアップ!という表記が現れた。


 ※※※※


 あれから僕は森をさ迷い、

 何匹ものスライムを倒してレベルを上げた。

 その結果わかった事といえば、何故か僕は尋常ではなく強くなっていたという事だ。


 レベルが上がったんだから当たり前だろ、と思うかもしれないがそうじゃないんだ。

 レベルを上げるごとに強くなっていることは確かだし、実感もある。


 だが、何よりも不思議なのは、|僕の素の身体能力が尋常ではなく高かった《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》ことだ。レベルを上げる前の状態で50メートル走れば軽く四秒を切っていたし、ジャンプをすれば二メートルほど飛び上がった。

 もちろん、こちらの世界に来てからの話だ。

 昨日までの僕は50メートル9秒台で、ジャンプしても30センチも飛ばなかった。

 なのに、これだ。


 この結果は、ステータスという根源スキルを手にいれたからなのだろうか。いまいちよくわからない。

 まぁ、弱いよりは強い方がいいだろう。

 で、これが今の僕のステータスだ。


 ━━━━━━━━━━━

 佐藤 空 16歳 


 レベル:12


 筋力:52

 体力:48

 耐性:39

 敏捷:49

 魔力:51

 魔耐:41


 スキル:【繋扉コネクト・ドア】【アナライズ】【炎魔法】


 称号:【隣界来訪者】効果『成長速度に莫大な補正』


 ━━━━━━━━━━━


 まず、レベルがとんでもなく上がった。

 スライムを五匹ほど倒しただけなのに、こんなにレベルが上がったのだ。恐らく称号【隣界来訪者】の効果だとは思うが、それにしたって凄まじい。おおよそ身体能力は当初の3,4倍だ。

 今では50メートルなら1秒を切るし、ジャンプしたら6,8メートルは飛ぶ。既に人間を止めた気分だ。


 で、僕はさらにスキルを一つ覚えた。

 その名も炎魔法である。

 これはスライムを倒して、奴が光の泡になって消えていった後に突如現れた本━━━それを読んだ結果である。

 恐らく『ドロップ』という奴だろう。

 つくづくゲームじみている。

 呆れるよりむしろ一周回って感心しそうな勢いだ。


 それで、僕は炎を使えるようになった。

 魔法使いになったのだ。

 中二の頃に憧れていた『魔法』、それがついに使えるようになったのだ。

 かなり興奮した。

 だって、掌から炎が出たり、空中に火の玉を浮かすことができるんだ。そりゃ男なら興奮するでしょ。

 なんなら中二の頃の僕に見せてやりたいくらいだ。

 ついついポージングを決めたくなるね。

 やらないけど。

 

「にしても、楽しいな」


 自分の肉体でゲームをしているような感覚が、非常に楽しい。

 スキルも得られるし、実際の身体能力も上がる。

 楽しみながら強くなれる。

 魔法だって覚えれるし。

 それに加えてこっちでは1日中遊び回っても向こうの世界では一時間しかたっていないという事実。

 最高だ。


 僕はこの日1日、ずっと森の中でスライムを狩り続けた。

 お腹が減った時だけ元の世界に戻り、ご飯を食べ、そしてまた扉をくぐる。しかし、それも次第に面倒になったので、途中からは大量の飲食物を抱えてこちらの世界に来るようになった。

 やることといえば、レベル上げだ。

 さらにスライムがドロップする【魔法スクロール】それが目当てだった。


 家から持ってきたアウトドア用品を使いテントを張り、菓子パンなどで食事を取りつつスライムを倒す。

 そんな生活を繰り返していた。

 何度日が沈んだのかは正しく覚えていないが、たぶん1ヶ月くらい隣世界にいたと思う。

 いや、隣世界というよりは『この森の中』だが。

 ちなみに森の外には出ていない。

 いざというときに直ぐに帰れない、扉から離れた所に行くのは不安だったからだ。

 それに、なんかレベルを上げてスキルを手に入れるだけで十分楽しかったのもあるし。


「さて、そろそろ帰ろう」


 僕はアウトドア用品を片付けて、扉を潜って自室に戻った。


 ※※※※


 元の世界に戻り、風呂に入って身体の汚れを落とした後、ベッドに横たわる。


「あぁ、楽しかったなぁ」


 そう一人呟く。

 本当に、楽しかった。

 無味乾燥の日常に色がついたような気分だった。

 幼い頃に感じた世界全てに興奮する感覚。

 それが異世界にいる間は僕を包み込んでくれた。


 突如現れる非日常。


 何度夢想しただろうか。

 同じような日々を繰り返すつまらない日常、そこになにか刺激があればと。

 今、その夢は叶った。

 この扉は刺激だ。

 それもとびきりの。


 僕は寝転がったまま部屋の時計を見る。

 6/2 日曜日の23:24分。

 僕はため息をつく。


「明日は、学校か」


 つまらない、無味乾燥の日常が始まる。

 それを考えただけで気が滅入りそうだった。

 早くあの世界に行きたい。

 あの刺激溢れる世界に……。


 僕は徐々に微睡んでいく。

 どうやらかなり身体に疲労が溜まっているらしい。

 眠たくて仕方がない。

 僕はぼんやりとした頭のまま立ち上がり、部屋の照明を消した。


「あれ……?」


 照明を消した筈なのに、全く暗くならない。

 まるで電気がついているかのようにはっきりと物の輪郭が視認できる。

 これも、レベルアップの効果なのだろうか。

 まぁ、今考えるのはいい。

 疲れた。眠たいんだ。

 僕はベッドに倒れ込んだ。

 意識が暗転する。


 ※※※※


「━━ッ」


 ビクリと身体が痙攣した。

 同時に、頭の中でおびただしいほどの警鐘が鳴る。


「な、なにこれ……?」


 僕は自分の身体に起きた異変に気付き、飛び上がる。

 胸の奥が痛い。心臓を握られているような不快な感覚が僕を襲う。立ち上がり、辺りを確認する。

 照明をつけてはいないが、僕の目は暗闇の中でも効く。

 だからこそ、その異常にいち早く気づいた。


「何が……起こってるの?」


 震える声で、僕はそう呟いた。

 なんなのだろうかこの感じは。

 不思議な感覚だ。

 この部屋も、なにかが違う。

 これといってはっきりと指摘できないけど、言うなれば━━そう。

 ━━世界が、違う。


 僕は衝動の赴くままに、窓から外に飛び出る。

 どうしてかわからないが、僕の本能的な部分がそうしろと唸りを上げた。

 飛び出て、僕は目を見張る。


「月が、赤い……」


 その月は、僕の知っている色とは違っていた。

 息を飲むほど、鮮やかな赤色で。

 真っ黒な空に鮮血のような輝きを称えて、鎮座していた。

 呆然とする。

 何が起こっているのかまるでわからない。

 まるで僕の知っている街並みと違う。

 静かで、まるで誰もいないかのような不気味な静けさが町を包み込んでいた。


 僕は呆然とした足取りで町を歩く。

 異常だ、とは思っていた。

 それが決定的な確信に変わるのにさほど時間は変わらなかった。

 まず、公園に設置されている時計。

 その針が微動だにしない事に違和感を持った。

 一つや2つじゃない。

 ありとあらゆる時計が、止まっていた。


 次に、人が静止していた。

 コンビニ前でたむろする柄の悪そうな青年達。

 彼らはまるで時が止まったかのように、あるいはその時間だけ切り取られたかのように、静止していた。


 大通りに出たときに、それは確信に変わった。

 車が、人が、何もかもが。

 まるで出来の悪いアナログテレビのように、止まっていた(バグっていた)


「ほんとに、何が起きてるんだ?」


 そう呟いた次の瞬間に、記憶がフラッシュバックする。

 ━━宙に浮かぶ赤い月━━突然現れた理不尽━━黒鱗を持った幻想━━馬鹿馬鹿しいと吐き捨てた非日常━━脳ミソをねじきられるような痛み━━死に体の僕の身体━━━。


「そうだ、これは……」


 ━━夢で見た、景色と一緒だ。


 気付き、弾かれたように空を見上げる。

 そこに黒い鱗を称えた龍はいなかった。

 代わりに、一目で異質と分かる『異物』がいた。

 その異物は、ゆっくりと地面へと降りてきた。

『それ』は白いタキシードに身を包んだ細身の男だった。

 表情はわからない。

 まるでそこだけモザイクにかけられたかのように視認できない。

『それ』の周囲には肉の塊━━のようなものがいくつも浮かんでいる。

『それ』が何なのか、まるでわからない。

 生きているのか、死んでいるのか。

 生物なのか。それとも否なのか。

 理解不能という言葉が鎌首をもたげる。


 けれど一つだけ分かることがある。


 ━━『それ』はここに居てはいけない。


 心臓が、胸の奥からあふれでる激情が、そう叫ぶのだ。

『それ』は地に降り立つ。

 モザイクごしに視線がこちらに向かっているのを感じる。

 観察、されているのだろうか。

 僕は油断せず、直ぐに魔法を放てるように準備をしておく。

 しばらくして、『それ』は口を開いた。


「━━お前は、どちら側なんだ? 表か裏か? それとも『今此処』か『隣側』か?」


 驚いたような、そんな声音で訪ねてくる『それ』。

 その語り口からは敵意のようなものは感じられない。

 どうやら、意志疎通は可能のようだ。

 僕は、乾いた唇を舌で濡らしゆっくりと疑問の声を上げる。

 こいつは、どうやら色々とこの現象について知っている雰囲気だし。


「どちら側っていうのがなんなのかわからないんだけど、良ければ教えてくれないかな?」


 一言一言を発する度に冷や汗が涌き出る。

 どの言葉が『それ』を刺激してしまうかわからない。

 最悪、戦うことになるかもしれない。

 その覚悟だけはしておこう。


「ふむ、なんとなくその問いで理解した。

 その上で答えよう。俺はお前に教えてやるつもりはない。

 何故ならお前は『雛』だからだ。俺たち『裏側』の世界の敵になり得る『雛』そして━━今は『見極め』の段階なのだろう。

 だが一つ、不思議な事がある」


 つらつらと、自らの答えたいことだけ答える『それ』。

 僕は『それ』の言葉に耳を傾け、情報を拾っていく。

『雛』『裏側』『隣側』『今此処』『見極め』重要だと思われる単語を海馬に刻み込む。

 そして、その情報を整理して、推測する。


 雛━━それは恐らく僕の事を指しているのだろう。

 そして、『それ』の言葉が本当なら、僕は『それ』の敵に当たる存在なのだろう。

 裏側か隣側━━もしかするとその世界のどちらかの存在なのかもしれない。

 もしそうなら『それ』が放っている異質感にも納得がいく。

 しかし、『隣』か。

 最近、同じ響きを持つ世界に行った所だ。

 なにか関係があるのかもしれない。


 僕は油断なく、『それ』を観察する。

『それ』は自然体だ。

 僕に脅威を感じていないのだろうか、それともそういう『ふり』なのだろうか。

 わからない。

 ただ、こいつからはあの隣世界のスライムに似た━━魔物特有の感覚がする。


 いや、余計なことは考えるな。

 戦わずにすむなら、それがベストだ。

 できるだけ無難に回答を返し、お帰りいただこう。


 そんな事を考えていると、『それ』は「一つ」といって、人差し指を立てる。

 先ほど言っていた不思議な事━━とやらの内容だろう。


「━━その位階はどうなっている? 『雛』が━━それも『子』にも満たない『見極め』段階のお前が持てる力じゃない」


 位階?レベルの事を言っているのか?

 だとすると、こいつはレベルの事を知っている?

 その概念が具現化した世界━━【繋扉】が繋いでいる隣世界の事を知っているのだろうか。

 まぁだからなんだという話だが。

 今の僕が望んでいるのは身の安全。

 こいつが何もせずに去っていくことだ。

 最も、僕の力に警戒をして、逃げていくのなら御の字だが。


 そんな僕の内心を察したのか、『それ』は口を開く。


「ああ、待て一つ過ちを正そう。別にお前に危機感を抱いている訳ではない。それで、見逃すつもりもない。今の所はな。

 だが質問に答えて、俺が納得したならこの世界を『喰還』せずに帰ると約束しよう」


『喰還』?なんなんだそれ?

 僕が訝しげに眉を寄せると、『それ』は「ははっ」と軽く笑った。


「お前の親は、お前に何も説明しなかったようだな。

 無責任な奴だよ。まぁいい。それはどうでもいい。

 お前がこの先どんな苦痛を味わおうと、俺には関係ないしな。

 だから、俺がお前について知りたいのは一つ。たった一つだ

 ━━お前の力の源を教えろ。

『雛』でその力を獲るには、よほど恵まれた━━親、それこそ『裏側の王』クラスに選ばれたか、手にいれた『奇跡』の恩恵としか思えない。どちらだ?」


 これが、この質問が分水嶺だと僕は理解した。

 この質問にただしく答えること━━それが僕が闘いを避ける唯一の方法だと直感した。


 僕は思考を巡らせる。

 正直な話、こいつの言っていることは殆どわからない。

 裏側だとか隣側だとか、奇跡だとか雛だとか。

 何がなにやらさっぱりだ。

 特に『それ』のいう親とやらが一番わからない。

 僕にだって親はいる。

 血の繋がった、家族だ。

 でも、こいつが言っているのはそういうのじゃない。

 もっと別の意味の『親』だと言うことは理解できた。


 こいつのいうその力とは、恐らくは僕の『レベル』もしくは『ステータス』を指してそう言っているのだろう。

 そして何故、どうやってその力を得たのか。

 その理由を聞いているのだろう。

 僕は正直に答える。

 嘘をつくのはあまりにリスキーだと考えたからだ。


「━━僕の得た『奇跡』その恩恵で、僕はこの位階(レベル)に至った」


 そう『それ』に向けて言った瞬間、


 世界が歪んだ。


 まるで、世界がその答えを待ち望んでいたかのように脈動する。

 それと同時に『それ』は口許を歪ませた。


「━━そうか。それは幸運だ。雛でありながらのそれほどの力を得た『奇跡』。なら、お前を見逃す訳にはいかない(・・・・・・・・・・)。俺の『隣側』にかけて、その奇跡を喰らわせていただく」


『それ』は僕に向かって凄まじい勢いで迫ってくる。

 僕は直ぐ様思考を切り替える。

 話し合いは失敗した。

 やられる前に、やるしかない。

 僕は使いなれた炎魔法を展開する。

 視界一面に灼熱の炎玉を浮遊させる。


「━━━ほう! 面白い! それがお前の『奇跡』か!」


 嬉しげに悲鳴を上げる『それ』。

 僕は腕を振るい、炎玉を発射する。

 2つ3つ、4つ、次々とそれに向けて炎玉を放つ。

 鼓膜を震わせる炸裂音の中から、『それ』の笑い声が聞こえてくる。もうもうと立ち込める煙が晴れると、そこには身体にひどい火傷を負った『それ』がいた。

 もう戦えるような状況じゃない。

 僕は止めを刺そうと、さらに炎玉を発生させる。

 と、そこで視界の端に青白の帯のようなものが写った。


 なんだこれ?


 不思議に思っていると、その青白の帯は凄まじい勢いで『それ』に向かっていく。

 その帯の数は一つではない。

 町のあらゆる所から、その帯は『それ』に集まってきている。

 まるで繭のように青白い帯に包まれる『それ』。

『それ』が帯から右手を出し、掲げるとその帯は消失した。そして、無傷の『それ』が帯の繭の中から現れた。


「━━嘘でしょ」


 回復できるとか、聞いてないんだけど……。

 これあの感覚に似てるな。

 シ◯ーがベ◯マ使ったときの絶望感にすごく似てる。


「━━はは、凄い。なんて火力だ。傷を治すだけで『隣側』の源力を使うことになるとはな」


 嬉しそうに笑う『それ』。

 かたやひきつった笑いを浮かべる僕。

 どうしようか。燃やして駄目ならどうしてみようか。


「凍らせてみよう」


 即断し僕は炎玉を消失させて、代わりに『冷気』を発生させる。

 氷魔法はあまり得意じゃない。

 けど……ッ。

 魔力を思いっきりこめて、凍り付いた大地をイメージする。

 瞬間、氷魔法が発動する。

 僕を中心に、世界が凍りついていく。


「おいおい、今度はなんだよ!? お前まさかの『二個持ち』かよッ!」


 狂喜した声を上げて、向かってくる『それ』。

 スピードは凄まじい。

 どうやら凍りつく前に決着をつけてしまおうという算段だろう。

 僕は右足で地面を踏み抜き、『土魔法』を発動させる。

 僕のイメージにあわせてアスファルトが唸り、巨大な土槍が『それ』を突き刺すように発生する。


「何個目だよお前!? あぁ、いいなぁ!? 世界に愛されてるぜお前!?」


 叫びつつ、踊るような動きで土槍を避ける『それ』。

 凄まじい勢いで『それ』は向かってくる。

 もう彼我の距離は10メートルもない。


「……ッ!」


 僕は土魔法の発動を止め、新たな魔法を構築する。


「━━」


 その瞬間、『それ』の目が見開かれたように僕は感じた。

 僕は魔法を完成させる。

 その名も【罠魔法】。

 罠魔法の発動領域に触れた瞬間、『それ』目掛けて白い輝きを放つ雷が零距離で発射された。

 それと同時に、【氷魔法】が発動する。

 白い稲妻が『それ』の身体に直撃し、コンマ数秒遅れて氷魔法が対象を氷塊の中に閉じ込める。


 至近距離で『それ』は凍りついた。

 カチンコチンだ。

 例の青白の帯が『それ』を回復させようと迫ってくるが、氷塊にはばまれて叶わない。

 僕は大きくため息をつく。


「なにこれ……いつから僕の世界はファンタジーになったのさ」


 にしても、終わった。

 これで終わりの筈だ。

 回復はできないようにしたし、仲間がきても無駄なように、ここら一帯は僕の冷気で支配した。

 もし僕の冷気領域に近づいたとしても次の瞬間には体温を一瞬で奪われて御陀仏だろう。

 再度安全を確認して、安堵のため息。


「にしても、どうやったら出られるのさ……。ここから」


 空を見上げる。

 星は一つもない。

 真っ黒な、墨汁をぶちまけたような漆黒だ。

 その中央で爛々と輝く血の色をした月は酷く気味が悪い。

 早くこの陰鬱とした所から出ていきたいところだ。


 背を向け、歩き出そうとした瞬間━━、


 背中に、焼けるような熱が走った。


「……え」


 僕は、あまりの激痛にうめき声を上げながら地面をのたうちまわる。


 せ、背中……切られたっ!? それとも殴られたっ?わからないただ痛い。熱くて熱くて痛い……!


「……あ、ぁあ痛い痛い痛い痛い痛い」


 背中に手をやる。

 血は出てない。

 代わりに、いつか見た夢のように光が溢れていた。

 僕は挫けそうな心に鞭を打って、立ち上がる。


「━━あぁ、凄いな。お前、まさか『世界』の討伐をしたこともない『雛』が、今の攻撃を立ち上がるなんて。全くもって化物だな。こりゃ、俺がここで当たってて正解だったわ」


 声が聞こえる。

 いやに耳に残る『それ』の声だ。

 僕は信じられないという思いで、後ろを振り返る。


「あぁ。どうしてって表情だな。言ってなくて悪かったな。お前が『雛』でまだ『親』から『ヴェダ』を授かってない時点で、俺の勝ちは決定づけられていた。何せ、ここは俺の『隣側』だからな。俺の世界で俺は死なない。これは絶対不変の掟だからさ」


 ……は?

 意味がわからない。

 なんだよ世界って、ヴェダって、掟って。

 頭の中が痛みでぐちゃぐちゃになる。

 泣きそうだ。いや、泣いてるかもしれない。


 ━━怖い。


 僕は静かにそう思った。

 理不尽だ、ふざけるな、あり得ない。

 罵倒の思いが湧いては消え、湧いては消えを繰り返す。

 けれど、僕は理解した。

 目の前の『それ』の声音と、頭上に浮かぶ『赤の月』を見て、

 ━━僕はこの『世界』に殺されるのだと。


 それがゆっくりと近づいてくる。

 僕は精一杯の虚勢を張って、睨み付ける。

 こんな訳もわからないまま、ただ黙って死ぬのだけは嫌だ。

 せめて……。

 せめてお前を殺してやる。


 僕は使いなれた、炎の魔法を展開していく。

 ありったけの魔力をこめて、できうる限りの破壊のイメージ。

 辺り一帯を更地に変えるほどの超爆発を……。


「あぁ、なんか申し訳なくなるんだが……。悪いな『雛』それはちょっと頂けない」


 そんな風に僕に語りかけるようにして、指先を僕の魔法へと向けて━━


「【消えろ】」


 僕の魔力、魔法は共に霧散して、泡のように消えた。


「━━え」


 さっきまで掌で脈動していた力強いエネルギーが、頬を焦がすほどに赤熱していた炎魔法が。

 ただ【消えろ】と『それ』に言われただけで消えた。

 張り付いた笑みが浮かぶ。


「ほんと悪いな。お前ほどの奇跡持ちなら、もっと簡単に喰ってやれば良かった。これは俺の落ち度だ。素直に謝る」


 だから、そう言葉を切り、


「【そろそろ喰われろ】」


 世界の強制力とも言う圧倒的な力が、僕の全身に襲いかかった。ここからどう事態が動いても、それこそ奇跡でも起こって誰かが『それ』を倒して僕を助けてくれたとしても。

 僕は必ず『それ』に喰われるだろう。

 そう、本能が理解した。

 これが『それの世界』。


 ゆっくりと死が迫ってくる。

 圧倒的な力量差に、僕の心が崩れていく。

 死にたくないとさえ思わない。

 頭の中が真っ白で、どこか遠くから他人事のようにこの光景を眺めているようにも感じる。


「━━いただきます」


 ※※※※


 視界が黒く沈む。

 肌に触れる空気が僕の存在を食べている。

 足に触れる地面が僕の存在を食べている。

 世界が、僕を食べている。

 それが分かった。


 死ぬのだと、思った。


 けれど、それは錯覚だった。

 そう━━言うなれば、これは理不尽だった。

 僕にたいしての、世界から押し付けられた理不尽。

 遠い昔、お偉い誰かが言った。

『世界はバランス』だと。


 何事にも裏と表があって、光と影があって、誰かが得をしたならば、誰かが損をするのだと。

 そう、つまりはそういう事だ。


 僕が何億何千万の確率から、超特大の外れを引いたならば、誰かが超特大の得をしなければならない。

 けれど、僕はハズレしか引いていない。


 誰かに得を与える側の人間だった。

 けれど、それもバランスだ。

 超特大のハズレを引いたなら、いつか超特大のアタリを引くのだ。

 そして僕にとってのアタリを引く日が、今日この瞬間だったのだ。


 いつかの『奇跡』が現れた。


 世界に、黄金の稲妻が走る。

『それ』に対して、世界が理不尽を与えた。


 ※※※※※


「あれは、夢で見た━━」


 遠くで輝く煌めき━━それは龍に食われ、死にかけていた僕を助けた少女その人だった。

 金色の髪をした、神秘的な威圧感を孕んだ黄金。

 黄金が、『それの世界』に降り立つ。


「……ごめん。佐藤 空。少し、時間を食った」


 黄金のような少女が、鈴の音のような声を響かせて、僕に謝罪した。僕は少女が何に対して謝っているのかがわからなくて、当惑した。


「━━説明もなにもなしに、消えて、ごめん。私はあなたの『親』だったのに」


 消え入りそうな声でそう謝罪する黄金の少女。

 本心から後悔しているのか、肩が震えて、今にも泣き出しそうだった。

 僕は慌てて返答する。


「だ、大丈夫。なんとか無事だったし。それに、説明とかも全部、これが終わった後にしてくれれば大丈夫だから!」


 だから、早くあれをなんとかしてくれ。

 僕が知っている彼女なら、容易い筈だ。

 そんな僕らのやり取りを見ていた『それ』は「あぁ」と納得が言ったように頷いた。


「なるほど。お前の親は『金雷』か。それなら、お前がその位階にいるのも納得がいく」


 ふふっと軽く笑い、『それ』は大きく空に飛び立つ。


「━━悪いな。俺も『今此処』の奴らとは事を争うつもりない。このまま、帰らせてもらう」


 世界が揺らぐ。

 まるで水面のように視界が波打ち、嘘のように『それ』の存在感が薄れていくのを感じる。

 

「ははっ……私が『世界』を逃がすと思ってるの? 私は【金雷】【世界を穿つ雷鳴】。そう定義付けられた時から、【世界が私から逃げられることはない】のよ━━【奇跡喰らい】」


 黄金のような少女━━【金雷】の腕に、一振りの剣が産み出される。いつか見た、夢。その時にも握っていた、目も冴えるような真っ白な幻想(ツルギ)

 少女が剣を握る。


 瞬間、世界が変わる。

 黒い空が払われ、その代わりに現れたのは澄み渡るような青空。

 赤い月が砕け、現れたのは『黄金』の太陽。

『それ』━━【奇跡喰らい】の薄れかけていた存在が無理矢理に『濃く』される。

【金雷の世界】に、【奇跡喰らいの世界】が飲み込まれていく。


 そして、僕の身体にまとわりついていた『呪い』【消えろ】と【そろそろ喰われろ】が黄金の太陽に食いちぎられていく。

 理不尽が、顕現した。

 僅か一分。

【金雷】が現れて、剣を握った瞬間に今までの絶望が儚い夢だったかのように消え失せた。


 僕に取っては奇跡だが、奇跡喰らいにとってはとてつもない絶望だろう。現に、あれほどまでに意気揚々としていた【奇跡喰らい】が取り乱した様子で叫び出す。


「……ふざ、けるなよ。こんな理不尽あってたまるかよ。ここまで来るのに何千年かけたと思ってやがる。もう少しで完成だった。そこの『雛』さえ手に入れさえすれば、俺の世界は完成してたというのに……っ! ああ、不条理だ。(ことわり)になってない。━━ああ、ああっ!! もう死ねよっ! 【金雷】ッッ!!!」


 狂ったように【死ね】と呪いを吐き続ける【奇跡喰らい】それを無表情で見つめる【金雷】。


「私が、何でこんなに怒ってるかわかる?」


「あ? 知るかよ。分かるわけねぇだろ!お前に俺の絶望がわからないようになぁっ!【死んでくれよ】!」


 相変わらず呪いを吐き続ける【奇跡喰らい】。

 彼に向かって【金雷】は、剣を突きつける。


「━━ひっ、待て。待ってくれ。消滅だけは止めてくれ。頼む。慈悲を━━━」


「……私の可愛い『子』に汚い【呪い】を2つも掛けたんだから、それは無理━━大人しく【消滅されろ】」


 瞬間、『消えた』。

 何が消えたのかわからない。

 辺りを見渡す。

 すぐ側には金雷がいる。

 僕を助けてくれた、黄金のような少女がいる。

 それで、ここは彼女の世界。

 でも、僕は一体(・・・・)誰から助けて(・・・・・・)貰ったの(・・・・)だろうか(・・・・)



「━━━━」


 胸の奥でぽっかりと抜けてしまったような穴を感じながら、僕は少女にお礼を言う。


「ありがとう。何かよくわからないけど、助けてくれて」


 そう口に出すと少女はハッとした様子で、懐から一振りの銀剣を

 出した。


「……これを持って見て。世界の干渉から外れる道具、『ヴェダ』」


「はぁ」


 その銀剣を受け取った瞬間、穴が埋まった。

 すべてを思い出す。


 ━━突然迷い込んだ冬の世界━━そこで『龍の世界』に出会って━━食われかけて━━、一旦死んで━━銀剣で生き返って━━『奇跡』を得て━━隣世界に行って━━『奇跡喰らい』と戦って━━━━……………。


「無事、干渉から抜けた、みたいだね」


 儚げな笑みを浮かべる少女。

 少女はゆっくりと手を差しのべる。


「ようこそ━━世界の裏側━━【死者の世界】へ」




読んでくれてありがとうございました!

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[一言] 面白かったです。 続きが読みたいです。
[一言] 月水兄貴お久しぶりです。兄貴の作品では様々なジャンルを読んでみたいな、とひそかに思ってたりします。 とりあえず、今連載中の作品の続きを読みたいのですが?
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