天の位
こんにちはasdです。
静寂な空間が煩いことがありますよね?
一人の空間に聞こえてくる耳にうるさい金属を擦る鐘のような音。
それは何ですかね、科学的に証明できているのでしょうが私は警告音に感じます。
何か近づいてくるモノがあり、飲み込まれてしまうような。
はっとその声が聞こえたほうへ目を向ける。少女はこちらへ振り向いた。
「私はアリシア、間に合って良かったです」
そういうと少女はしゃがみ込み、白いハンカチを差し出してきた。
素直に受け取り頬へあてる。
「ハンター…?」
「そう、吸血鬼ハンター」
少女が立ち上がり正面から退く。
そこの影には、いつもの幼さを残したマーカスの姿があった。
漂う生臭い血の薫りと、その変わりはてた下半身と腕を無くした姿でも、夢でも見間違いでも無いと確信した。気を失ったのか、閉じられた瞳からは命があるか分からない。ただじっと横たわっている。
なんてことだろうか、深く息を吸い込んだ。
小さな少年の命を思い、顔が歪む。しかし体は息を吐くだけで、紡がれる筈の悲哀と同情の言葉は喉元で詰まる。
「かわいそうなマーカス…」
少女が先に呟いた。
少女は震え声でその言葉を吐き出した。彼女はマーカスに近づきその亡骸に触れる。
そこに先ほどまでの化け物はもう居ない。幼子の無残な骸がそこにはあった。
横からマザーは優しく髪を撫で付けた。よくなでてやったマーカスの柔らかな髪だけはそこに居た。
「…あまり触らないほうがいいです」
少女がマザーを静止に入る。
「彼はまだ死んでいない、生きてもいないけれど…化け物にもてあそばれてしまった食事になっているから、いつ動き出してもおかしくは無い…」
少女は立ち上がり、マーカスを持ち上げ土の盛り上がりの少ない部分へ寝かせる。
小さな月明かりに照らされるマーカスに「さよなら」とつぶやく声がした。
「…何をするのです?」
「救われない命はない、彼を土へ還すんです。」
少女は膝を着き、手を組み、目をつぶり祈るようにささやいた。
「どうか神様が君を迎えてくれますように」
ザンッ
刹那に剣を彼の胸へ突き立てた。
「嗚呼!!!何てことをするのです!!!」
息を吸い込み叫んだその驚きの声で、風と森が揺れる。
「これ以上この状態で生きていれば、ヒトの血肉を求めずには入られない子になってしまう」
アリシアは両手で柄を握りしめマーカスを見つめている。
「死んでおいたほうがいいことだってある」
願うように吐き出されたその言葉には強い悲しみと後悔が見えた。
突き立てた剣を少女は引き抜き、腰へ戻す。
キンと収まる鉄の音を合図にマーカスの死体が時間を加速したように崩れ始めた。
温かい風も、優しい花も、お別れの言葉も無い。
小さな乾いた砂の塊が、土の上に出来上がった。
「小さな子がこんなことになってしまうなんて…」
涙がはらはらと頬をつたう、まだハンカチは還せそうにない。
「彼をこんな目に合わせた奴はまだ生きている、そいつの主人も永遠に死ぬこともない」
表情に変化が無くともその言葉に嫌悪が混じる。月明かりが照らす中で顔に影が落ちる。
マザーは彼女が幼いながらに何故かこんな物騒な武器を持ち、自らを吸血鬼ハンターと言い生きているのか疑問に思った。
「そもそも貴女が追う生き物は、想像の生物や言い伝えではないのですか?子供を怖がらせるものでしょう?」
マザーに目線を合わせたアリシアは優しく笑いかけるような表情をしている。つばを飲み込み、無意識に息を吸い込む。光の入らないその瞳がマザーには恐ろしく感じた。
「全て存在するものです。存在しなければ名などつかない、彼らはこの世の頂点に存在する生き物の王族なのです。獣はもちろん、おぞましい生き物など全ての上位に住まう存在…そういう絶対的な存在なのです。」
その穏やかな表情から読み取れたのは強い嫌悪感だった。
「時にシスター、あなたの寺院へ戻らなくては、子供たちが心配です。」
「あ、ええ…そうですね」
顔をハンカチで拭き、立ち上がり、マーカスであった小さな砂の丘を見つめる。
「祈りを唱えにまた来てあげればいいのです、彼にはそれが必要ですからね」
少女はやけに大人びて言う。
「ハンカチは洗って還しますわ、ミスアリシア…えっと」
「justアリシアです。シスター」
ささ、はやくつぎへ