写しの世界
そこは、さっきの石の壁や地面でできている世界とは違い、すべてが
水晶でできていた。家具も置いてある。それも全部水晶だった。
ソファ、テーブル、イス、キッチンまでもがそろっている。さっき真琴が入ってきたらしき
大きな鏡は、テーブルの向こう側に大きく構えられていた。
ということは…、やはり、真琴が土足で今立っていたところはテーブルの上だった。
そして、鏡に向かい合うように設置されたソファに、真琴ぐらいの歳の女の子が
ちょこんと座って、やっぱり泣いていた。
でもどうしてだろう?彼女側の世界からは鍵が必要なのに、僕は無くても
入ってこれた。
「それはね、私がこの世界の住人だから。」
女の子がしゃべった。本当に華奢で細くって、鶯みたいなきれいな声で。
「あなた方の世界と同じよ。ここは私の部屋なの。他の部屋だってそう。
ちょっと変わったところもあるかもしれないけれど、それぞれ好んだ部屋に、
写しの世界側では生きている。住んでいるのよ。」
女の子は大きい碧と蒼の入り混じった目でこちらをじっと見つめている。
「あなたはこの世界の住人じゃないはず。だから最初から写しの世界にいなかった。
私のことが見えなかった。そして、鍵なしに、私が許せば入ってこれた。」
女の子の涙はもう乾いている。首を斜めにしてにこりと微笑んだ。そして、また
サクランボのようなくちびるを開いて声を出す。
「さあ、鍵をさがしてちょうだい。この部屋のどこかにゼッタイあるわ。
私には見えないから、探しようが無いのよ。鍵を充電するのを忘れてたの。
だからもう光らないから、あとはあなたの知恵と勘と魔法で探し当ててちょうだい。
見つけてくれたら、あなたの旅のお手伝いをしてあげたりできるかもしれないわ。
私がこの部屋から出られれば、ね。」
写しの世界の「鍵」なるものは、充電しないと発光しなくなって、
見えなくなってしまうという、とんでもなく面倒くさい代物だった。
でも、鍵を「隠す」なら最適だ。もっとも、隠した場所を覚えていればの話…
どうやって探そう?
「写しの世界の鍵というのは、金属なのですか?」
「いいえ。水晶よ。」
ますますわからない。
「機械じゃ充電できないから魔法でやるの。」
どこかの女神が着てそうなドレスを身にまとった少女が、手から魔法を出して見せた。
「こっちじゃ、そんな棒なくったって体に直接魔力をためられるつくりで
生まれてくる人が多いから、こうして体と魔力さえあれば習得した魔法なら
簡単に出せるのよ。」
ちょっと感心しながらも、頭は水晶でできた鍵の探し方を考えるのに
いっぱいいっぱいだった。