幽霊
「藤原君、君ってさ、アレだよね」
同級生であり友人でもある田中君がそう言ってきた。あまりにも突然の事であり、下校の途中だったので、僕は思わず驚いて背中をビクッと振るわせてしまった。
「アレってなんだよ」と田中君に対して返事をする。
田中君はいつも突然やって来て、突然話しかけてきたりする。いつもの事なのに、あまりにも突然な事なのでビクッと驚いてしまうのだ。いい加減慣れろよと我ながら毎回そう思う。
「小型犬」と田中君は笑いながらそう言った。
「あのさ、それってどういう意味―」と言いかけたところで振り向くと、田中君はもういなくなっていた。いつもの事である。僕の幻想か、空想みたいだ。
僕は視線を戻し、そのまま歩き続けた。これまでの出来事、ありとあらゆる失敗、脳裏にはそれが浮かんでいた。
田中君とは唯一の友人だった。小学校に入学したての頃、友達がいなかった僕は、いつも独りぼっちだった。かといって周りから苛められている訳でもなかったし、僕は別に苦しくはなかった。
しかし、いざグループ作るとなると教師から余った人数から割り出された。普段馴れ合いもしてない同級生達と話し合い…。むしろ僕にとってはそれが苦しく、常に上っ面が笑顔だけで会話していて、まるで道化みたいだった。誰も本当の僕を知らない。そんな学生の生活に慣れようとしていた頃に田中君と出会ったのだ。
彼は誰彼構わず話し合いをする。最初は鬱陶しく感じていたのも事実である。しかし田中君はいつしか生徒会長にまでになった。それでも僕との交流は欠かさず定期的にしてくれたし、自然と僕の周りにも友達が増えていった。
田中君は大変魅力的な人ではあったと思う。だが、決して恋愛対象としてではなく、人間つまり人として。
僕にも尊敬に値していた。クラスに省かれる生徒は田中君のお陰でいなかったと言っても良いだろう。成績は常に優秀、スポーツ万能、まるでマンガか何かのキャラクターのように、なんでもこなせ、女子からも大変人気があった。
やがて同じ中学、高校に入ったのだが、相変わらず万能人間であった。しかし、ずっと彼女がいない事には変わりなかった。いつしか田中君に「どうして彼女を作らないのかい?」と訊いてみた事がある。
すると田中君は「彼女は大人になってから作っても遅くはないだろ」と答えてきた。
僕はなるほどと妙に納得して笑ったもんだ。最も、彼女作らなかった事が原因で、一時期ホモ疑惑が学校中に広まった事もあるのだが、それは自然消滅して次第にその噂もなくなっていった。
田中君は一見真面目そうにも見えるのだが、冗談も言える人だった。男女問わず尊敬されてもいたし、教師達からも妙に信頼されていた。
田中君は嘘を吐く事は躊躇わない。かといって、他人を傷つける嘘は絶対に吐かない。頭の悪い僕から見ても頭が良いと納得出来るほど、出来た人間だった。
ふと後ろを振り返ってみる。学校からは生徒達がゾロゾロと歩いてくる。丁度下校の時間帯なのだ。
田中君はもうこの学校にはいない。いたとしたら、それは奇跡なのだろう。僕は再びある場所に向かって歩き出した。
踏切の傍には花が供えられている。カンカン、と踏切が鳴り出した。それでも、僕は花の方をずっと眺め続ける。電車は何事もないように目の前を通っていき、やがて踏切のバーが上がった。
蝉の鳴き声がミンミンと鳴り響く中、踏切の向かい側には田中君がいた。どんどんこちらに向かって歩いて来る。
「藤原君、今日も暑い日だよ」と田中君はそう言って花を供えてからその場から立ち去った。