1.素晴らしい世界に祝福あれ!
長年、腐っていると、世界中が、推しカプだらけになればいいのに、とか、思う日もありますよね。
「はい、そろそろ時間になりますので、今日はここまでー。号令お願いします。」
「きりーつっ、礼っ。」
「「「ありがとうございましたー」」」
今週も問題なく授業が終わった。
生徒たちは、疲れたー眠いーお腹すいたーなど、それぞれの欲求を垂れ流しながらコンピュータルームを出ていく。
(私もお腹が空いたなぁ……。)
勤務報告を書かないと帰れないため、空腹をため息でごまかしつつ書類を取り出す。
(氏名……永井 縁、ふりがな……ながい ゆかり、職種……非常勤講師、教科……情報……。)
(毎回思うけど、職員番号があれば名前とか全部書く必要ないよね。何のための番号管理なのか。学校組織は、どこも効率が悪い。イライラするなぁ。)
フルタイム勤務のプログラマ職で精神を病み、自分に合う働き方を探して、週に3日くらい働く今の仕事を気に入って5年目。いくつかの学校を転々としながら、楽しい授業ができるように頑張ってきたつもりだ。
給料は少ないが、結婚したことで家賃光熱費もろもろの負担が一人暮らしより大幅に減り、優しい夫のおかげで精神力も回復してきた。
勤務報告書を提出して、まだ明るい空を見上げながら職場を出る。
(いい天気……そろそろ他の仕事も兼業してみようかな。)
とか思ってた昨日、戻ってこい!!
〜
「……さま!………………さま!!」
誰かが叫ぶ声がする。視界がぼやけて頭が朦朧としている。手足は他人のもののように重く、まぶたを開けるのも億劫だ。
「めがみさま……!どうか、この世界をお助けくださいませ……!!」
(ん?女神様?え、美人どこよ、私も見たい!!)
確か明日は休日だからと夜更かしして布団に入ったはずが、RPGでよくありそうなセリフをエエ声のおじいちゃんが耳元で叫んでいる。こんな大声の聞こえる夢なんて見ることあるかと思いつつも、美人さん観賞大好き世界の宝と思っている私は、私の考える女神様なら綺麗に決まってる見たいと無理やり目を開けた。
「おぉー!女神様がお目覚めになったぞ!」
「賢者シロウよ、そなたの呪文がついに成功したのだ!」
「賢者様!これで世界は救われます!ありがとうございます!」
(おぅ……。私こんな願望あったのか、三十路すぎでこれは恥ずかしい。はい、この夢終了!さっさと起き……)
「女神様!どうかこの世界を……!男同士だけが愛し合い、人類が滅びゆく世界を救ってください……!!」
(なん……だと……!)
「素晴らしい世界に祝福あれ!」
反射的に叫んで飛び起きた腐っている私を、絶望の眼差しで取り囲む人々。
一番近くにいる立派な法衣を着たおじいちゃんが、おそらく賢者シロウ。
賢者シロウの肩に手をかけている、筋肉隆々なマントをつけた豪華な服装の男性は、たぶんこの中で一番役職が高い。
その後ろに控えている若い男性も豪華な服装、顔つきから筋肉マントの息子のようだ。
その他、3名ほど護衛と思われる兵士っぽい若い男性。
「女神様!」
(あ、私の真後ろにクラシカルなメイド服の素敵女子がいらっしゃる!気づかなかった!)
(あれ?なんかめっちゃキラキラした目で私のこと見てない?やばい私こんな願望が[以下略])
「女神様も同士でしたのね!嬉しいです!」
「心の友よ!」
素敵メイドさんにヒシッと抱きつかれて驚きつつも、同士=腐女子と理解した時点で反射で答える。
が、その後の素敵メイドさんのセリフに固まった。
「賢者様には申し訳ないですが、わたくしたちは男性達を遠くから見守る役割を全うしたいと思っております。ええ、わたくしたちは自分の推しカプ……ゴホン、自分の愛した男性達が幸せに暮らす。ただそれだけを望んでいるのでございますわ。そのために人類が滅んだとしても……それは彼らの愛がそれだけ大きいから、愛ゆえに……なのですわ……!」
「いえ、あなたは僕の婚約者です。私と結婚して子を作ってほし……」
「そんな心にもないことを……!あなたが庭師のクロウを密かに思っていることはわたくし知っておりますのよ!あなたは王子としての責任から真実の愛に気がつかないフリを……!あぁわたくしは隣国の王女などやめて今はただのメイド、観葉植物、いいえ壁のようなものですわ!どうかわたくしなど捨て置きクロウ様の元へ」
「「「………………(重いため息)」」」
どうやら筋肉マントの後ろに控えていた若い男性は王子様で、メイド服を着ている女性は王女様らしい。
(まだ腐メイドは夢みる瞳で話を続けていた、状況違ったら語り合いたい。さすが私の脳が作り出した夢、すばらしく腐っている。自分でもドン引きやで。)
「女神様、この国の王子エリックと申します。10年ほど前から女性たちは全員このような思想に取り憑かれ、結婚や出産を拒否するようになってしまいました。男性が女性に愛している、結婚してほしいと話しても、このように全く受け取っていただけないのです。今まで我が国では男性・女性同士での結婚も珍しくなく、神殿で性転換することも自由でしたが、このように人口が激減する事態になったことはありません。」
沈痛な面持ちで王子エリックが語った言葉を引き継ぎ、筋肉マントが口を開く。
「女神様。私はこの国の王、バルト。10年前に我が妻ユキが亡くなった頃から、このような事態が広まり、近年は恋をして思いつめた男が神殿で性転換し、女性同士で結婚した1件のみ。ユキは、異世界からきた女神。同じように異世界からきてくださった女神様であれば、この危機を救っていただけるものと……くっ、我々は滅びるしかないというのか!」
「バルト様!申し訳ありませぬ!次こそは呪文を成功させますので、どうか希望を捨てず!」
(あ、なんか私めっちゃ悪者だ、これはまずい。エエ声賢者×妻を亡くした筋肉王もなかなか萌え……じゃなかった、自分の夢だけどなんか後味悪い。よし、唸れ!いい感じのセリフ!)
「王よ、この国の危機は分かりました……。この私が手助けしましょう!」
「「「おぉ、女神様!ありがとうございます!」」」
〜
こうして私は、一回きりの夢だと思っていた異世界へ眠るたびに飛んでいき、
異世界でキューピット職を兼業することになった。
……給料が欲しいよぅ。