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06 国境前の逃亡・下

 私の声に弾かれたように馬車は急発進し、御者台側に座っていたネッドの身体が吹っ飛んできて綺麗にラルハネーシュに壁ドンする事になった。


「きゃあっ!?」

「……っあっぶねェ!! おいリベル!! 何してんだ!!?」

「あー……悪い。つい反射的に」


 だってここに居ると思わなかった奴が居たんだもん。


 セフィードリムの門に目掛けてすっ飛んでいく馬車の中、三人共壁に張り付くようにしてその揺れに耐える。

 そうしているうちに、予想してた通りに集団での馬の蹄の音が近付いてきた。


 それだけでネッドには追われているという事が分かったらしく、彼は腕を伸ばして窓枠を掴むと無理矢理に姿勢を起こし、外の様子を伺い始める。

 盛大にカーテンが靡いているので、わざわざ頭を突き出さなくても窓の外の景色は見えた。

 早馬に乗った傭兵団は既に馬車の両脇を並走していた。うわマジでやべえ。


「さっきの連中じゃねえか。お前さん、何やらかした!?」

「いやなんにも。だけどなんか、髪とか切ったの知られたら超絶に面倒くさそうな顔見知りが何故かあの中に居て」

「この後に及んで誤魔化すなよ!!」


(誤魔化してたのバレてーら)


 流石はベテラン傭兵である。まあ、何をどう誤魔化してたかまではバレてないようだけど……うーん。


「実は私、もう一個名前と身分があってさー。昨日の朝、国王陛下に新しい名前と爵位付きの家名と官職貰って外遊官リベル・アト・レスタギリアになった訳だけど、それまではミレイユ・ナ・ギリアネインって公爵令嬢やってたんだよねー」


 名前がやたらに長かったり、様々な官職や爵位を掛け持ちしてる事が多い貴族の名乗りは、代表的なものだけを名乗ればいいルールがある。ちゃんと国際法でオッケーされてる。

 爵位・家名・官職を貰った以上、『公爵令嬢ミレイユ』より『外遊官リベル』の方が法的に優先される立場になる。

 だからもう自分からミレイユの名は名乗らないつもりだったんだけど、まさかこんなに早くそのつもりを撤回する事になるとは。


「はァ!!? ギリアネイン公爵令嬢って事は、セルエスト殿下の婚約者──ほぼこの国のお姫さんじゃねェか!! いや、冗談だろ!?」

「いや、マジなんだわこれが」

「信じられねェ!!」

「でも、マジなんだわこれが」

「じゃあなんで追われてんだよ!! 国王陛下から正式に官職貰ったんだろ!?」

「貰ったけど、昨日の朝の事だから流石にまだ周知されてないだろ。事情知らない奴からしたら私って超が付く程深窓の令嬢ってやつで、こんなフツーの馬車一台で国境都市に向かってる状況なんて絶対に有り得ない事な訳よ」


 その上、あいつはギリアネインの騎士見習いだ。家族から私の失踪を知らせる鳩とか、届いていてもおかしくないんだよなー。

 つまり、最悪この状況は私の家出どころか、ネッドとラルハネーシュによる誘拐事件として認識されてもおかしくない──うーん、まずい。どうするかな。


 正直言って、見つかるとするなら兄か父だろうと考えていた。

 その二人なら追ってきた時点で私が国王陛下から自由な身分をもぎ取った事を確実に把握していて、既に家の支配下に私を押し込める事は合法では不可能だという事も理解してる筈だ。

 だからどうしても振り切れなかったら振り切れなかったで、連れ戻される前に法的に保証された私の立場でゴリ押しすればいっかーと思っていたんだけど……。


(流石にそれこそ誘拐紛いに連れ戻そうとするほど、父親も兄貴も外聞捨てるような真似は出来ない筈だし)


 だけどまさか、中途半端にしか状況を把握出来ていなさそうな、その上アホみたいに従順な『ミレイユ』しか認めなさそうな、理屈の通じそうにない騎士見習いに見つかるなんてなぁ。


「あのー、別に悪い事をした訳ではないのなら、きちんと事情を説明すればよろしいのでは?」


 首を傾げつつ、この状況でも慌てた様子のないラルハネーシュがおっとりと声を上げる。

 腹の虫が盛大に鳴いた時にはあれだけ動揺してたのに、それ以外のこのマイペースさは本当になんていうか。


「事情を説明したところで、一度私を家まで連れ戻すまで絶対に納得しねえよアイツ。そんで一回家まで連れ戻されたらそこで終了。私の家族の性格的に、絶対二度と外に出してくれないぜ」


 父によって国王陛下に官位を叩き返されてゲームオーバー、詰みだ。

 脱出を試みるたび母や侍女にさめざめ泣かれ、父と兄に滾々と諭され、家庭教師には延々説教され、そのうちに外から連れてきた婿でも宛てがわれる形で外堀が埋められて一生外に出られません、なんてルートがさくっと想像できてしまう。


 そういうのが想像できてしまうからこそ、私は十七年、彼等の望むままに振る舞っていたわけなんだけどさ。


「という訳で、このまま逃げたいんだけど、ネッド」

「〜〜〜〜〜!! どうしろってんだ、俺に! この状況で!」


 怒鳴られた。まあそりゃそうだ。既に馬車は完全に包囲されてるし。


「おい、馬を止めろ御者!! ミレイユ姫を降ろせ!!」


 なんて声も聞こえてくるし。詰んだわー。

 これはアレなのか。残念! 私の冒険はここで終わってしまった! になるのか? やだなー。けど打つ手無しなんだよなー。


 と、そこへ、やはりおっとりとしたままの声がポンと上げられた。


「あ、私ちょっと一つ作戦思いつきましたよ」

「「マジで!?」」


 そんな昼飯食うところ提案するようなノリで言う?



「無駄な抵抗はやめて、即刻ミレイユ姫を降ろすのだ!!」


 完全に馬車が停止すると共に、カーテンの向こうからめっちゃめちゃに威嚇する怒鳴り声が聞こえてきて、私とネッドは深々と溜息を吐いた。

 早くも完全に誘拐認識されてるらしい。反射的に馬車発進させたのが完全にやらかしだったね、ヤッチマッタナー。


「いいか! もし姫に傷一つでもあるようなら……!」

「うるせぇ!! 今降りるから少し黙って待ってろや!!!」


 外から延々と聞こえてくる、騎士特有の角張った物言いがあまりにも煩くて、そう怒鳴り返す。

 静かになるどころかざわついたのが分かったけど、知るか。


「……そういう台詞は普通、俺がするやつじゃねェのか?」

「普通なんて魔獣の餌にでもしてどうぞ。話通じないの分かりきってる奴を相手にしなくちゃならねえの、うざいだろ」

「機嫌悪ィな。苛つき過ぎてしくじんなよ? 一時的にでもお縄につくなんて俺はゴメンだぜ」

「そこは任せろって」


 対人スキルなら十七年叩き込まれた自負がある。多少場を操るくらい、ぶっつけ一発目だろうとやってみせる。


 さて。


 バン!! と勢いよく馬車の扉を開いて、そうして自分の存在を誇示するように胸を張ってそこに立つ。


「馬の上からお出迎えとは、とんだ礼儀作法じゃねえの?」


 一瞬だけポカンとした顔をして──ギョッとしたように周囲を囲んでいた男達が一斉に半歩引いた。

 次いで、その後ろの方では馬上から落ちるような勢いで降りる姿が見えて、取り敢えず第一段階はクリア。


「ミ、ミレ──」

「あのさ。誰に向けて弓矢構えてるのか、分かってやってる?」


 言葉も先手を取るに限る。出来るんだったら開幕でアッパーブチ込んだ方が強いに決まってる。


 不愉快極まりない、と髪を掻き上げ、慌てて弓矢が降ろされるのを確認してから馬車を飛び降りた。

 ジャリ、と買ったばかりのブーツの底で砂の滑る感触を拾う。……そういや、こんな事さえ、私にとっては初体験か。


「んで、どんな理由があってお前は私の馬車を止めたんだ、マーヴィス?」


 剣の柄に手を掛け、真正面で突っ立っていたままの見習い騎士の胸板を、トン、と軽く拳で叩く。


「ミ……」

「おい、何喋ってやがる。──それと跪礼はどうしたよ?」


 そのまま手を伸ばして、マーヴィスの肩をぐっと押した。

 騎士相手じゃ何て事の無い弱々しいだけの力だろうが、マーヴィスはよろめいた。そのまま片方の膝を地面へと着き、頭を垂れる。

 周りの傭兵も釣られたようにして次々に同じ姿勢を取った。まあ、同じと言っても見様見真似で、決して騎士の跪礼には及ばないが。


「言いたい事か聞きたい事か、どっちか選んで一つだけ喋れ。簡潔にな?」


 マーヴィスは物言いたげにバッと顔を上げ、そうして、サーッと血の気が失せていくという顔色の変化を誤魔化すように、再び項垂れた。


「………………ミ、レイユ様。お父君の下へ戻りましょう。私がお送り致します」


 そうして顔の見えない相手から絞り出された言葉がそれだ。


「戻ってどうするよ。もう私はセルエストの妃にはならないんだぜ?」

「それは……。ですが、お父君は必ず、ミレイユ様の身が安泰となるような、次の縁談を見つけて下さいましょう……っ!?」


 ガバッ、ともう一度上げられたマーヴィスの顔。

 それが「え?」と間抜けささえ感じさせるような固まりっぷりで後ろへと遠のいていくのを、その肩を思いっきり靴底で押すようにして蹴り飛ばした私は、非常にすっきりした気持ちで見送った。

 いやーまさか、人生初のヤクザキックがこんなやんわりしたやつになるとはね。


 何が起こったか分かっていないまま背中から倒れていくマーヴィスに、跪いたままの傭兵団。

 よし、第二段階も上出来だ──。


 彼等の並ぶ中心で、作戦通り、パァン、と破裂音が上がる。


「うわッ!!?」


 その一瞬で、その場は最大級の混乱に突き落とされた。


 怯えた馬が暴れだし、それを慌てて宥める奴、或いは敵襲かと咄嗟に地面に伏せる奴。

 その騒乱に紛れるように、一頭の馬が背後を通る。

 私はその上から伸ばされた腕に、自分の身体を預けるだけだ。


「凄かったですねぇリベルさん。族長達みたいでしたよ」

「ははっ……まさかこんなに上手く行くとはよ……!」

「だから言ったろ? 任せろって」


 私が場に隙をつくる。その間に、ラルハネーシュの魔術で姿を隠したネッドが馬をどうにか調達し、ラルハネーシュが音の魔術で場をめちゃくちゃに掻き回す。

 作戦なんて言うのも烏滸がましいような打ち合わせだ。ネッドの言う通り、まさかこんなに上手く行くなんて誰も思っちゃいなかった。


「──よし、このまま国境門を越えよう! 連中、そこまで追っては来れないからな」


 逃げ切ってゴールインだ。いや一回抜かれたし差し返しかもしれないな?


(初めて母国を旅立つってのに、なんて騒がしい出国なのかね)


 でもそういうのも嫌いじゃないさ。退屈よりはよっぽど好きだ。


 もうすっかり沈んだ日を追うように、私達を乗せた馬は風を切って街道を駆け抜けた。

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