04 その幻想がぶち壊される
「……というわけで、殆ど何も食べずに三日を掛けてあの宿場町にやっと辿り着いたのですが、それが限界だったみたいで……。あっ、これ結構まろやかな味ですっごく美味しいですよ!」
深刻かつ暗い語り口から一転。
パン、というよりは中華まんに近そうな生地にハーブと挽肉の餡を入れて揚げたものを一口齧るなり、幸せそうに声を上げた彼女はそのまままくまくとそれを頬張り始め。
「なるほどねェ。急な行き先の変更で違約金巻き上げられた挙げ句に土地勘の無い土地に放置だなんて、かなり悪質な傭兵に当たったもんだな。……おい、こっちの肉はやたら辛ェぞ。苦手ならやめとけ」
しみじみとした同情から一転。
ハーブと塩を塗り込んで蒸し焼きにされた串焼き肉を豪快に頬張るって片手のエールをぐっと煽り、心配そうに声を上げたネッドはそのままムシャムシャとそれにがっつき始める。
「………………あのさ。別に最初に食べたやつがちょっと予想外の酸っぱさで驚いただけで、そんな心配しなくても飯くらい一人で食えるわッ!」
「「いや、グースローフも知らないヤツを放っておくのはちょっと」なぁ」
今日もガタゴト馬車の中。
横と向かいからノータイムで放たれた、過保護な親みたいなサラウンドに、「やかましいわ!」と私は吠えた。
◇
リダージュよりずっと東方に広がる、どの国の土地でもない未踏の大森林『アドラウスの森』には、エルヴァと呼ばれる人々が住んでいる。
長身、美形、薄い色彩に、妖精の血を引く証とされる尖った耳輪、古くから木々や水、精霊に親しむ民族性故に高い魔素適合率を生まれ持つ彼らがこのエル・アステルの歴史の表舞台へ立つようになったのは、今からおよそ二百年前。
世界で最も巨大な迷宮『冥蛇の顎』がナザレグとその隣国ファルニールの国境に姿を表し、そこから溢れ出した古代の魔獣が二国だけでなく世界中を脅かした時代。
エルヴァはアドラウスの森への不可侵を条件として、ナザレグを始めとした主要な国々と契約し、彼らの魔道を世に広める事でエル・アステルに平和を取り戻した時から、彼らは強力、或いは高度な魔術の使い手としていずれの国でもその名を轟かせるようになった──。
「見た事は無いけど、魔術嫌いのリダージュの貴族街にさえ出入り出来るエルヴァの魔術師が居たくらいだそうから、その影響力はかなりのもんだろうに。そのエルヴァに無礼を働こうって奴がまさか存在するなんて思いもしなかったぜ──っと、このパイ美味そ」
私とネッドが保護した女性は、そんな特別な人種であるエルヴァでありながら道端に空腹と疲れで倒れ込んだ文無しという、なかなかお目に掛かれないレアキャラだったらしい。
名をラルハネーシュという彼女は、奇遇な事に私と同じ目的地、ナザレグの帝都へ向かう途中であるらしく、旅は道連れ世は情けというわけで同行者と化した。
「それが、もぐもぐ、当初はファルニール国の方へ向かう予定だったので、はぐはぐ、雇ったのはラザンの民の、んぐ、傭兵だったんです。あ、じゃあ私、次この腸詰め頂きますね」
「好きに食っていいよ。あー……ラザンの民は、ごくっ、ぷはっ、反ナザレグ派が多いからな。もしゃもしゃ、そりゃナザレグの帝都に行くとなればまあ、むぐ、契約の解除もあり得るのかもしれないけど。それにしたって、はぐ、違約金に放置はないだろ。災難だったねぇ、ごくん」
「お前さんら、喋るか食べるかどっちかにしろ。っていうか、はやく食っちまえ」
咀嚼の合間に会話をするというこれまでの知り合いが見たら卒倒しそうな食事の光景に、流石にどうかと思ったらしい。
食べ慣れたものでさっさと食事を終え、アルコール濃度がとても薄いエールをちびちびやっていたネッドが、とうとう制止を掛けてきた。
深々とした溜息も添えられていたそれに、私とラルハネーシュは即座にお喋りの方をやめ、広げた屋台飯を腹に収める方に集中する。
(どう考えても物珍しさに負けて買い込み過ぎだよなあ、この量)
比較的大きな交通の要所であるラーフェルの、宿場町らしい雑多な種類の料理は味付けも多岐に渡る。最後まで飽きはこない事だけが救いになった。
万国博覧会かと思うほど多様な食文化を感じさせるその料理の数々は、様々な国や土地から旅をしてくる連中を相手にするせいか、どれも大味である事だけが共通した特徴といったところか。
(言うなればファーストフードだもんな、コレ。まあ味濃い目だし、嫌いじゃないぜ。リダージュの薄い塩味と苦味ばっかの宮廷料理よか断然好きだね。どれもこれもフキノトウみたいな味しやがって)
憤然とした声が脳内から響く。彼はもともと、苦いものがあまり得意じゃなかった人だ。
リダージュ王都近郊は昔から何故か苦味の強い野菜ばかりが栽培されている場所で、反面味付けに使えるような強い風味のあるハーブや香辛料が取れにくい場所だった。ついでに塩も完全に輸入に頼っている状況で、まあ、王都に限っては食文化はあんまい良い発展を遂げてないと言っても過言じゃないだろう。
そんな事を考えながら、ひたすら目についた料理を口に運ぶ。
買い込み過ぎたとは思うが、……取り敢えず、余らす事だけはなさそうかな。
「もぐ、ごくん。はふっ、むぐ。リベルさん、このサンドイッチもういいですか?」
「いいよ、残り全部食べちゃって」
「頂きます!」
隣に座るラルハネーシュが、凄い勢いで料理を平らげていくので。
(……まさか初めて見るエルフっ娘がこんな大食らいだとは、全くの予想外だったぜ)
◇
「んく。……ふぅ。美味しかったです!」
最後の最後まで残ったピザのような、具を乗せて焼いた薄い円形パンを一人でぺろりと食べ終わると、やっとラルハネーシュは満足げにぱちんと手を合わせてそう宣った。
健啖家にも程がある。胃下垂か何かなんですか?
結局、私は早々に腹一杯になってしまい、ラルハネーシュ一人が幸せそうに料理を飲み込んでいく様子をネッドと二人で黙って眺めていた時間の方が長かった。
「こんなにしっかり食べられたの、本当に久しぶりです。森の外の皆さん凄く少食で、お店で売ってるお料理かなり量が少なくて。ありがとうございました!」
「あぁー……、えと、まあ、良かった。うん」
にこにこと満面の笑みを向けられて、しどろもどろに返事をする。
なんて言葉を返せばいいのか分からないなんて経験は初めてしたわ……。
(ちょっと待って。この世界のエルフって皆こんなフードファイターみたいに食べるの? マジで?)
当然ながら、私やネッドは少食という訳ではない。寧ろどちらかというとかなり食べる方になると思う。
ネッドは肉体労働者だし。私はというと、外から嫁いできた祖母に似てかなり身長が高めで、それを維持するのに結構なエネルギーが必要だからやはり食事はしっかり取っている。
「えーっと、ああ、そうでした。聞こうと思っていた事があるんでした。リベルさん、ナザレグまでの旅順はどのような予定を立てているのか、教えて頂いてもいいですか?」
ラルハネーシュのあまりの食べっぷりに完全にまごついていた私とネッドにもお構い無しで、彼女はおっとりとそう首を傾げた。
(ちょっと待って。この世界のエルフって、もしかして大食漢な上にめちゃくちゃマイペースなの!? マジで!?)
思ってたのと違うんですけど!! と、大絶叫に頭が揺れた。まあ、うん、ちょっとな。