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03 自嘲はするが自重はしない

 朝イチだってのに金さえ払えばお湯が使い放題とか、平民層めっちゃ気前いい商売してるよね。

 これで朝風呂のみ可じゃなくて、夜風呂も出来たら良かったんだけど。

 まあ、そこまで出来たら貴族よりも贅沢か。


 どうやらお湯を沸かす手間は圧倒的に魔術を使った方が少ないらしい。

 ちょっと考えてみればそりゃそうだ。魔術とそれを動かす魔力さえあれば、魔法の水も火も出せる。っていうか、そのままお湯が出せるだろう。

 今のところこの世界の技術発展は、やっぱり魔術が科学の先を行くみたいだな。


 旅費を含めた外遊官の給金と就任支度金として、国王陛下がかなり色を付けた額を払ってくれたので、今の私には平民の物価で生活するなら多少贅沢しようが困らない程度の財産があったりする。

 旅籠の主人に半刻分の湯代を払った私は、ふんふんと鼻歌を口ずさむほど気分良く、たっぷり降ってくる魔法で出来た霧混じりの雨みたいに細かい湯を浴び、軽くなった(・・・・・)頭を丁寧に洗い流した。


(今日から追手が掛かるかもってのにちょっと呑気すぎやしないか? まあ、俺もやっとあのドレスとも靴とも、そしてクソ重たい髪型とも念願叶ってオサラバ出来て、大変気分は良いですハイ)


 そう、私は髪を切ったのである。結構バッサリと。

 リダージュの貴族の女性は結い上げるためにかなり長めの頭髪を維持する。具体的に言うと尻より下までだ。

 けどこれからは侍女の手伝いも無いし、そんな長さの髪なんぞの維持なんてやってられるかという事で、昨日のうちに床屋にも寄って切ってきた。

 ロングヘアーは嫌いじゃないが、重たい頭は好きじゃない。

 そんな自分の気持に正直にやった結果、床屋のおじさんにかなり多めの金を払って、脳裏の()が細かく指示を飛ばす通りにレイヤーがっつりアシメウルフにした。


(この世界だとめちゃくそに奇抜な頭してるぜ、ウケるわ。まあそんな頭してたら流石に貴族だとはもう思われないだろうけど)


 あー、今日も脳みその裏側は絶好調だ。



「さて、そんなわけで装いも新たになった事だし、改めて私リベルのこの世デビューだぜー」


 まさかシャワーの後に温風(ドライヤー)まで吹いて来るとは、この世界の魔術発展マジで侮れない。

 そのおかげできっちりヘアセットまで済ませた私はますますハイなテンションで新しい服に袖を通し、取り敢えずたった一人の同行者ことネッドに「じゃーん☆」とお披露目式を決行した。

 切った髪が散乱するとまずいので、昨日は取り敢えず襤褸のローブを買って、フードを被ったまま過ごしたのだ。


「…………………………………………。…………………………………………、ハァー…………」


 朝っぱらから頭の痛そうな、深々とした溜息を頂いた。あれまあ、眉間にオーダリスの大峡谷みたいな深い皺が刻まれてらぁ。


「…………まるで言ってる意味が分からん。北方共通語か中央商業語で喋ってくれねェか。あと、何をどうやったらお前さん、そんな格好を思いつくんだ……?」

「えー、似合ってるだろ?」


 くるりとその場で一回転すると、軽くなった金髪と羽織ったローブの裾がヒラリと翻る。

 シルク混じりのコットンのシャツに、ピッタリした青染めの皮のベストに篭手、厚手の黒いズボンとかなりゴツい編上げのブーツ。

 店のおばちゃんが勘違いしたまま出してきたやつなので、かなり傭兵っぽい格好だ。

 その他にアウターとして買った灰色のローブは魔術師用らしいが、まあ、コート的な感覚でファッション用途で買っちゃたぜ。なんか防護用の魔法陣が縫い込まれてるとか、素材が魔力を帯びた特殊なものだとかで、えらく値段が張ったけど。


「……いや。似合っちゃいるが、なんだその頭。あとなんだその、完全に男物の服装は」

「頭は完全に趣味。服はー、だって女物の服、平民のでも長い巻きスカートしか無くてアホほど動きにくいじゃーん?」


 そう、この世には私の知る限り、女性用のズボンなんてものはまだ開発されてないのである。なにしろ『女性が足の線を見せるなど破廉恥極まる』が罷り通ってる程度のフェミニズム発展度だからな。


 平民でも基本はロングスカート。で、傭兵や冒険者になった女性でも、タイツにプリーツの多いスカートやワンピースなどが主流だそうだ。

 ……という話を、服を買う前にネッドが「平民の服装なんぞ知らんだろうから」とかなり丁寧に教えてくれていたのだが、私はまるっとそれを意識の彼方に追いやって、自分が欲しいと思う服を気の向くままに買い込んだのである。まあ、言ってしまえばこれも趣味だ。


(そりゃ眉間の皺も大峡谷みたいになるわな。ネッドの不憫さにマジで草生える、かわいそう)


 自嘲っぽい声が頭の中から聞こえたが、無論自重するつもりは無い。


「あー…………よし、分かった。お前さんが訳の分からん事を当然の如き顔でしでかす奴だと分かった」


 再度の溜息と共に、げんなりとした声でそんなことを言ったネッドの、ますますの苦労性キャラ化が懸念される。


(いいぞ、もっとやれ!)




 そんな騒がしい朝支度を終える頃の事だった。

 部屋の隅のベッドの上で、死んだように眠っていた女性がむくりと身体を起こしたのは。


「あっ、そんな急に動かない方がいいよ。頭打ってるし」


 気付いた私が慌てて声を掛けると共に、ネッドが足早に近付いて、キョトンとした顔をした彼女の容態を見る。


「気分はどうだ。頭痛はしねェか?」

「え……? ええ、いえ、大丈夫です。……あの、私?」

「昨日中央通りで倒れたんだよ、覚えてない?」

「あ……はい。何となく」


 昨日保護した、道端で倒れた女性は、ネッドと私の問い掛けに、ぼんやりしつつもはっきりと答える。

 意識の混濁とかは無さそうかな。倒れた時に打ったのか、頭に怪我してたから割とそこは心配だったんだけど。


「私はリベル。こっちはネッド。……突然倒れた原因分かる? 病気? 医者連れてった方がいい? この町、今医者出掛けてるらしくて、次の宿場町に降ろすことになるけど……」


 脳へのダメージが素人に分かる範囲には無いとして、次の心配は突然道に倒れたその原因だ。

 持病でもあるのか、それとも何か伝染病でもあるのか──非常に幸いな事に、この世界では細菌を原因とする感染症には滅法強い医療技術がある。その名は勿論、魔術だ。


「…………いえ。その…………あのぅ……」


 一回拾ってしまったものは仕方がないので、心行くまで面倒を見るつもりで──まあ、彼女の予定が合う限りの話だけど──そう言葉を掛けると、ネッドが頭を抱え、女性の方は物凄い説明しにくそうに口籠った。

 予想してたより厄介な病気だったりするのだろうか。まあ、口に出した以上出来る限りの事をするには変わりないんだけど。


「あ、もしどうしても言い出しにくいならいいよ。それか、気まずいとかなら私とネッドのどっちかが部屋を出て……あーでもネッドは私の護衛だから、筆談とかで伝えて貰うか……」


 もしかすると婦人系の病気とかかもしれないな、と思い至って、彼女が言い出しやすいような提案もしておこう、と重ねた言葉。


 それを、遮るように。


 ぎゅるる、くるるるるるるるる〜…………。


 女性が答えるより早く、彼女のお腹から結構な主張の強さで答えが返された。

 随分哀れっぽい音で。


「………………。もしかして、お腹減ってる?」


 真っ赤な顔で小さくコクリと頷いた女性に、(飢餓オチとはまたベッタベタな!)と脳内の彼がツッコんだ。

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