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私と俺のお気に召すまま! 〜婚約破棄もされた事だし、自分の好きに生きてやれ〜  作者: 関村イムヤ


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序 私が『リベル』になった日

『淑女らしく』。

 いつだって(わたくし)はそれを望まれて生きてきた。

 ドレス。ぬいぐるみ。靴にアクセサリー。

 お歌や裁縫。お茶会。観劇。晩餐会。

 従順に。

 従順に。

 従順に──。

 誰かが考えた『淑女』の像の体現として。


 それは父のため、母のため、家族のため、領地のため、国のため。

 それらのためであるならば、私一人の意思など、比べるべくもないもので。


(はー、バカらしすぎて草生えるわ。その結果が婚約破棄(コレ)かよ?)


 王座の置かれた壇上に、ずらりと並ぶ王家の方々。

 上品で微笑みを湛えつつも、無機質な瞳が私を見下ろしていて……ああ、何も言わず首を縦に振る事を求められているのだ、と悟る。


「ミレイユ・ナ・ギリアネイン。僕との、婚約を破棄して欲しいんだ──」


 私の婚約者は、いつも通りの穏やかな調子だった。

 あえて普段との違いを探すとするならば、彼自身ではなく、その傍らに立つ少女の姿だろうか。

 おっとりと不思議そうに私を見つめている、深い赤色の髪に、磨き上げられた宝玉のような緑眼を持つ、愛らしい容姿の姫君。

 その鮮やかな色彩には覚えがあった。初めて見たけれど、間違い無く、彼女は北の小国ロードレントの王族の一員だ。


(魔導国家ロードレント……呪術や占いといった特殊な魔術によって成り上がり、細々と血を繋いできた弱小国家。ハッキリ言って、『軍事公領』ギリアネインを差し置いて結婚するほどの規模じゃねえよなあ?)


 けれど、彼らは彼女を選んだ。


「ミレイユ様、こちらを」


 控えていた宰相が進み出て、丸めた羊皮紙を差し出した。受け取らないという選択肢は無く、促されるままにそれを開く。


 そこに書かれていたのは、婚約破棄を示談にするための条件だった。まるで事務処理でもするかのように、淡々と項目だけが並ぶ。

 ──私達の婚約破棄が決定したこと。

 ──慰謝料の支払い。

 ──既に城内に用意し始めていた私室の解体。

 ──そして、約束されていた父の地位の扱い。

 相手の都合でぶつりと切られたこの婚約に纏わる問題を後腐れ無く解消するための、金銭と身分、名誉の補償。


「無論、我々は臣下を虐げたい訳ではない。忠義に報いるつもりでいる。足りぬならば、申せ」


 畏れ多くも国王陛下のお言葉に、私は歯を食いしばる。

 一方的な破談を行おうという自覚はあるのだろう。王家の示した補償は厚く、ギリアネイン家が王家へ私を嫁がせる為に使った財産にも、嫁いだ後に齎される筈だった恩恵にも、見合った額が返される。


(ああ。だけど、ミレイユ。お前の十七年間は?)


 ──生まれた時には決まっていた婚約だった。

 故に私の教育は何から何まで特別で、全てが誰かに定められていた。

 私が、ギリアネインに生まれた娘として。この国の第二王子の妻になる為に。


 その為に、私は私の十七年を差し出した。

 父に、母に、家族に、領地に、国に、私は自分を差し出した。

 けれど、その結末は。

 私の存在が無くとも、父は地位を手に、母はその名誉を手に、家族は信頼を手に、領地は金を手に、国は安定を手にするこの結末は──。


(生まれた時から望まれていたお前の役割は、果たすべき責務は、終わったんだよ。お前が居なくても皆必要なモノを手に入れる。むしろこうなっちゃ、お前は邪魔でしかない。……お役御免って訳だ、なあ、ミレイユ?)


 頭の裏で、嘲るような笑い声がする。

 まるで悪魔の囁きのようで、けれどその言葉は、単なる私の本音でしかない。

 だって()は、私の中に巣食う別の誰かなんかじゃない。


 押し殺してきた(わたし)でしか、ないのだ。


(もう誰にも望まれていないなら、誰の為の自分(お前)でもない──そうだろ、()?)


 ──そうね。

 ああ、そうだ。もう、誰かの為に自分を押し殺すなんて御免だ。こんな結末を迎えるくらいなら。


 これからは、自分の好きに生きてやる!





 ギッ、と音を立てて蝶番が軋んだ。

 その途端、そこかしこから視線が刺さる。


(そりゃそーだ。こんなドレス姿の小娘が傭兵ギルドに来ようなんて、珍しいなんて話じゃねえだろうし)


 視界に飛び込んでくる姿だけでも、貴族街に詰める騎士とは真逆の、粗野で不愛想な印象の男ばかり……これまでの感覚で言うならゴロツキと大して変わらない連中の巣窟のような場所に、今の私はあまりにも場違いだ。


 けど、そんな事はどうでもいい。

 もう今更どうでもいいんだよ。


 シンと静まり返った店内の様子には目もくれず、カツカツと高く鳴るヒールの音を耳障りに思いながら──(ここでの用事が済んだらすぐにでも売っ払ってやろうぜ、こんな動きにくいったらありゃしねえ靴なんて)──カウンターまで進み出ると、その向こう側でギルド職員らしき男が立った。


「こんな所に何の御用です、お嬢さん?」


 依頼人になるべく威圧感を与えないようにか、少しばかり細身で小奇麗な恰好の優男だ。


(けどお客様対応マニュアルには、貴族の娘ってのは対象として載っかっちゃいないらしいな?)


 愛想のよさそうな微笑みを浮かべてはいる。

 けれど赤縁の眼鏡の奥の青い目が、値踏みするように私を上から下まで観察しているのがはっきりと分かった。


「お転婆が過ぎてお守りと逸れちまったのかよ、あん? 悪いがここにはあんたみたいな、お綺麗な貴族の嬢ちゃんの面倒見れるような品のある奴は居やしねえぜ」


 更にその近くに居る、明らかに見た目から傭兵だと分かる男が囃し立てるように優男の言葉を引き取る。


(分かり切ってたけど、ナメ腐られてんなぁ)


 好奇心旺盛な貴族の娘が転がり込んで来たとでも考えているんだろう。

 面倒な事になる前にちょっと脅かして帰らせるか、そんな気配が隠されもしない。


 ──まあ、それでテンプレ通り震え上がってくれるような絵に描いた淑女というのは、丁度さっき辞めてきたところだ。


「依頼があって来たんだよ」


 ()のように。──或いは、私がそう喋りたいとずっと思っていたように。

 淑女たる全ての要素をかなぐり捨てて、つっけどんに吐き捨てて、そうしてニィ、と唇の端を吊り上げる。


 こんな喋り方も笑い方も、これまで一度もした事も見た事も無い。

 だけどイメージだけはハッキリしていて、実際やってみりゃ(・・・・・・)十七年間やってきたお上品な振る舞いなんぞよりずっとしっくり来る。


 その事が、なんだかとても、可笑しくて。


「……依頼? あなたが?」


 疑わしそうに職員が確認するのに、私は随分、鷹揚な気分で頷いた。


「そ。流石に道案内が必要でさ。──私は『リベル』。外国への護衛含む諸々の手配を頼みたい。……あぁ、亡命でも夜逃げでもないから、安心してくれよ?」

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