99.ヒントだよ
消せるって、どういう事だろう。いえ、そもそも何でコイツが母と妹の名を知っているのか。
「しかし帰りたいと執着するわりに少ないね」
気を抜いた隙に襟掴みを逃れた小ワニは、冷蔵庫から勝手に私のお気に入りのレモンサワーの缶をとりだし飲み始めた。
「遠慮しとく。で、少ないって何がよ」
飲む?とまだ開いてない缶を差し出されたが、誰が飲むか!怪しすぎる。
「この空間ってさ、本人の記憶の中で大切だと思っているモノが見えるわけ。でも現れたのはこの家だけだよね」
「自分が生活しているんだから変じゃないわよ」
勤務先の建物が出現しないだけ健全じゃないのさ。目の前で美味しそうに酒を飲まれて生意気な口調に若干苛立ちながら答える私。
「えー少ないよ。あ、でも生き物はあるみたいだね」
人差し指を左右に振る姿に、喋れなくしてやろうかと立ち上がりかけ、背後に気配を感じ思わす視線を向ければ。
「なっ」
会社の部署が違えど絡みの多い先輩で元カレとなった男が立っていた。
「ゆら」
細めのネクタイに袖から除くブランドの見に覚えのありすぎる時計。なにより。
「随分としけたツラしてどうした?」
耳に残る低く響く声に私は握っていたモノで応えた。
「えー、せっかく出てきたのに」
いまだ正座したままの無邪気な顔をした男に武器を向けた。
「あんた、子ワニって言ったわよね? 夕食の材料にされたいわけ?」
よりにもよって元彼を出すとは。しかも漂う香水の香りまで記憶のままのやつだった。
「えー、僕は美味しくないと思うよ?」
この喋り方も私をイラつかせる。
「不味かろうが貴重な食料になるならいいじゃない。で、本題よ!」
何故、私が帰るのに母と妹が犠牲にならねばならないのか。
「あっ」
急に足元が大きく揺れ、なんとかバランスをとる。地震?!
「残念だけど誰かが呼び戻そうとしているよ」
正座していた子ワニは、未だ揺れが収まらず立っているのがやっとのなか、何の影響もないように立ち上がり私の前で足をとめた。
「ヒントはあげたよ」
分からないわよ!
「どれがヒントなのよ!った!」
立ち上がると背が同じ男は、私の鼻を人差し指で弾いた。
「神は貴方を還せなくない。だけど犠牲はでる」
そんな事、冬の神は言わなかった。
「僕は、偽りは言葉にできない。それが僕だから」
子ワニの輪郭が薄くなる。
「ねぇ、ゆら。あなたはそれでも願いを叶えるかな」
言い逃げする気?!
「あ、子ワニの時の僕に何かしても無理だから」
ちょっ、待ってよ!
『また会うことあるかな~? とりあえずバイバイ~』
笑顔で手を振る憎たらしい美青年の姿を見ながら意識がなくなった。