96.先客あり
「あら? 意外な組み合わせ」
ラジの部屋には、昨日ホームランをかっ飛ばす際にやむなく力を頂戴したスパイ男がいた。
「えっと、モフモフじゃなくてワイルドでもなく」
「モゥブンだ」
「え? モブ? なんか妹が言ってたような」
なんの意味だっけ? 妹の麻里がたまに教えてくれる言葉は謎が多い。
「モーさん」
「違う。モゥブン」
中高年の一部の男性達が羨ましくなるような立派な髪の量を保持する銀髪の男は、無表情で何回も私の呼び方を訂正するが。
「もう…いい」
勝った!
「じゃあ今からモーさんと呼ぶわね!」
決して苛めているわけではない。発音がしづらいからしょうがないのだ。
「俺は、報酬がでるならアンタについていくが金が貰えないなら去る」
例えるなら牛よりも狼のような凛々しい渋オヤジはなんだかお疲れのご様子。
「んー? 引き留めてないから大丈夫だけど。ラジはモーさん好きなの? お友達、または深い仲希望とかならメンバーに加えるわよ」
ガードが固そうな彼が部屋に入れているという事は、モーさんは、他国からのスパイだけど何か気に入るセンサーが働いているとか。
「貴方は幸せですね」
言葉が丁寧な時は要注意。作り物の笑みまでプラスされているラジは怖い。
「よく分からないが、アンタのお蔭で火からの金は入らなくなった。だがアンタが俺を雇えば問題ないという意味さ。明日迄居させてもらうが、それまでに考えておいてくれ。光と闇については多少の情報はあるしな。これなら通るだろう」
ラジに何かを渡すと彼は部屋から出ていってしまった。
「なんなのアイツは」
捕まっているという意識がゼロだ。
「ミゥルの民は変わり者が多い。だが、手先が器用で情報収集に長けている」
「ミゥルって、あぁ、確か幾つかある国に属さない人達のグループにあったような」
ナウル君のように他国の血が混じった人達が集まった集落のようなものだっけ。付け焼き刃な知識を掘り起こし呟けばラジから補足というか訂正がはいった。
「外は凶暴な生き物も多く国内での生活とは全く違う。特にミゥルの民は、遥か太古の獣の血が混ざっていると言われ強い者達だけが生き残ってきた」
「確かに今の渋オジは、狼のイメージぴったりだわ。あ、こっちの話ね」
ラジに言ったとこで通じるわけがない。
「で、連れてくの? 私はどちらでもいいわ」
彼は自分の身は自分で守るタイプにみえたのでメンバーが増えても不安にならない。
「彼らは報酬が全てだ。情なんてものはないが金さえ払えば最後まで必ずやり遂げる」
まぁ楽といえばそうなのかな。連れていっても損はなさそう。
「俺はこの細工を頼んでいた。連れていく事に対して特になんの感情もない」
彼が私の前にぶら下げてきたのは、預けていたペンダントヘッドラピスラズリに似た深い青に金の粉雪が降ったような石は、地の国、グラーナスの王子様だった、今は亡きスフィー君から貰った品だ。
「紐と鎖の二重って可愛い」
かける鎖がなくラジに預けた石は、空色のコードと銀色の鎖が通されていた。
「紐部分にとても小さな石がある」
編み込まれた半輝石のような小さな石がとても可愛い。そのネックレスに手を触れた時。
「ピュイ!」
「ピギャ!」
追いかけっこをしていたノアとワニモドキは、相談していたラジの上に着地するには小さく、ワニモドキは足を踏み外し私のオデコに激突した。
「イタッ!」
反射的に閉じてしまった目を開ければ。
「おいおい。どうなっているの?」
私は、真っ白なだだっ広い空間に一人立っていた。