92.なんだか甘えたくなった日
「キュイ? キュキュ」
「ギャイ」
「キュ」
子ワニもどきがラジの頭から降りたと思えばノアとソファーの上で何やら会話をしている。
種族は違えど聖獣同士通じるのだろうか?
「ちょっと、自分で脱げるわよ」
私は、ラジに自室となる部屋に担がれベッドの縁に座らされた。次に彼は何で屈むのかと動きを追えば靴を脱がされた。
なんだろう。
イケメンをこき使う女の図で嫌なんだけど。
「うわっ」
「寝ろ」
そのまま肩を軽く押され後ろに倒れた私に覆い被さり襲う…わけではなく片膝を乗り上げた彼は私の頭をクッションの上に慎重に乗せた。
「いくら神器を用いたとしても力を使いすぎだ」
空いたベッドの縁に座る彼からお説教が始まった。
「でも、湖でナウル君を採用したのは良い案だったでしょ?」
密偵、スパイ容疑の彼が、他国の血が色濃い彼が生活に重要な湖の枯渇を改善させた。
うん。悪くないじゃん。
「力の消耗だけではなく乱れているから神器の浄化が出来なかったんじゃないのか?」
──精神が、心が。
「それとこれは別の話だが、マトリュナスやナーバスに気を許すな。いや彼らだけではない。全てだ」
なんでよ。
「マトリュナス殿下は、悪い人物ではない。だが彼は地の国の王位継承権を持っている。彼やナーバスは国にとって何が利かを常に頭の隅に置いている」
そんなの分かってるわよ。
「なら、ラジだって同じじゃない。私に気を許すなんてないんじゃないの?」
背を向けたままの彼が振り向いた。夜が濃くなりつつある夕暮れのなか、灯りが小さく灯された光で瞳が不思議な色をしている。
「夜を共にしたいと思う近さだが」
想定外の台詞と同時に私の頬に大きな手が触れ思わず体が少し動いた。そんな私を見て彼は、頬を撫でながら微かに笑った。困ったような悲しいような、そんな入り交じった表情。
「俺は、帰るのを止める事はしたくない。だが、その時まで共に朝を迎えたいとは思う」
期間限定の彼氏って事?
体貸しますみたいな?
「だが、ユラは貴方はそうじゃないだろう?」
指が頬から唇へとゆっくり移る。
「割りきれるような人ではない。罪悪感に苛まれるだろう」
私に言っている言葉なのに独り言のように呟くラジは、いつもの彼と違う。
「私、前に言ったかもしれないけど、この世界に来て暫くしてから夜に近くに武器がないと寝れないの」
光達やノアがいるのに。寝ていて敵に襲われすぐ戦えるかと言われたらかなり厳しいとわかっていても。
「特に夜が怖い。自分がいた場所の数倍怖い」
人生で予想外の日々。
神器を持っていたって所詮ただの人。
いつ死ぬか分からない。
つめが甘い私なんて案外簡単に終わってしまうかも。
「ユラ」
唇から指が離れクッションに寄りかかっていた体を頭を抱かれた。
ノアの暖かさも落ち着くけど、ラジの腰は細いくせに鍛えられた腕に体に抱かれると安心する。
力が抜け浅くなっていた息をその胸の中で落ち着かせた。
「悪いけど、寝るまで部屋にいてくれる?」
ラジが夜いれば、私は武器を握って寝る事をしなくても寝れるかも。
「仰せのままに」
額に軽く唇が掠めていき、彼がゆっくりと離れていく。
ラジ、貴方なら信用していい?
言葉にしそうになり寸前でやめた。