83.時に鬼になる
「こんな人数連れてくる意味あるのか?」
歩いた時間は約2時間弱くらいだろうか。興味がある人はついてきていいわよと伝達した所、侍女さんから調理の方までと賑やかな移動になった。
「別にマート君は来賓なんだから来なくていいっていうか誘ってないけど」
「ずっと思っているんだが、言い方っていうのがあるんじゃないのか?」
自主参加一番乗りのマートくんに事実を言えば、ご機嫌は急降下。王族の人が考えていることをこんなにも顔に出してやっていけるのか?
お姉さんは、かなり不安よ。
「それよりヴァルがずっといないのって具合悪いの?」
最近ずっと姿を見せない前を行くヴァルのパートナーのラジに聞いた。
「いや。今、繁殖期だからなるべく自由にさせている」
私の何歩か前にいる彼は、足元の草を踏みながら脇の鋭く伸びている枝を時々切り落とし歩いているのを見て、きっと後ろの私が通りやすいようにしていてくれるんだろう。
なんか、そういう行動を普通にしているのがポイント高いんだよなぁ。というか繁殖期ときたか。銀色の美しい毛のヴァルなんて選び放題じゃないの?
乗り手と乗られる方まで共に見目いいってずるいなぁ。
「足が必要か?」
ラジが振り向いて私を見たので、まさかイケメン達に嫉妬しているとも言えず。
「いいえ。ラジとヴァルでセットみたいに感じていたから。だからなんか違和感なだけ」
しかし具合が悪いわけじゃないのならよかった。ノアも好きだけど、ヴァルも癒しなのだ。
* * *
「これは酷いな。干上がる寸前じゃん」
マート君が残念そうな声を出した。確かに草を掻き分けた先にある光景は寂しいくらいに水がない湖とはいえない場所だった。大きいだけに余計に乾きかけている姿が目立つ。
「あれ、何だ?」
マート君が指差した先は丁度湖の中央。砂埃のような粉が小さな円を描きその風で少ない湖の水が波紋を作り出している。
「水の不自然な揺れは見えるが」
「強い動きですが、元となるものが見えませんね」
ラジとリアンヌさんは不思議そうだ。
「今、水上に地の力が集まってるの。さっきナウル君の力をぶっぱなしたヤツ。多分それは地の国の人じゃないと見えない」
しかも地の強い魔力持ちのみ。マート君とそして。
「ナウル君、さっき分かったみたいだし見えてるよね?」
ずっと無言の彼に声をかければ、肯定の顔をした。
「じゃあ、これを持ってあの砂ぼこりが発生している中心部で神器と湖の水を元に戻して」
目を見開いた彼の手に黒ずんだ目貫を落とした。
「無理です」
神器を掌に乗せたまま、前に突き出し返す彼に私は告げた。
「あのね。私、仕事も遊びも本気なの」
通じないのか微かに困惑の色が顔に表れたナウル君の襟首を引っ張り今一度囁く。
「これは命令。その大事にしない命、私にくれるんでしょ?」
目が益々開き一気に人形のように動かなくなった彼の背を強く湖に向け押した。
「楽には終わらせない」
私が彼の背にかけた二度目の言葉は、励ましではなく脅しだ。
森の中で静かな笛の音が響き始めれば、騒がしかったギャラリー達も彼の奏でる音色に耳を傾け聞き惚れる。
けれどいつもより彼の音にはばらつきがあるように感じた。それは、彼の目の前にある地の砂の動きの乱れで決定的となる。
「光、ギャラリーに被害でないように強い結界はって」
『貴方には』
「今はいい。時がきたら」
彼に変化がないのを見てやっぱり厳しいかなと思った時、私の横を白い小さな生き物が飛んでいく。
「ノア」
舞い散る砂を気にせず、ノアはナウル君の近く迄飛んで行くと彼の回りを励ますかのように一周し私の腕の中に落ち着いた時には、笛の音も穏やかなものになっていた。
でも、まだ足りない。
「そんなもんなの?」
風の力を借りた私の声は彼にしっかり届いているはずだ。現に彼は私を見た。
「何の為に騎士になったの?」
もっと粘りなさいよ。
「ミュランが水の国が好きなんでしょう?」
どんな血が流れていたっていいじゃい。だってさ。わざわざ死に近い騎士になったのは何故?
「あんなに私を怒鳴りつけるくらいラジを尊敬しているんでしょ?」
間違えたら反省し次にいくしかないのよ。
「人一倍努力してたじゃない。 今、発揮しないでどうするの?」
いつもナウル君は、最後まで居残って訓練に勤しむ姿を知っている。
「根性みせなさいよ!」
スフィー君は、死んでしまった。死んだ者は生き返ることはない。でも、君は生きてる。
ふいに笛の音が止んだ。
ナウル君は、笛を腰紐に差し地の力の塊に両手を入れた。その目は、もう周囲を気にする様子は全くない。
黄色の光が溢れ始めた。その力は強いのか、彼の袖の布が裂け、顔にも赤い筋が何本も作られていく。
『器と力の均等が保たれていない』
彼の服は血に染まっていく。
「おい! あいつ不味いんじゃないのか?!」
「ユラ様」
マート君と珍しくリアンヌさんが声をあげた。
「そうね」
「だったら」
だけどね。
「止めないわよ」
ここで中止しては意味がない。
「ラジ、邪魔しないで」
ラジが加勢しようと水に足を入れたので注意をする。不満顔の彼にもこの際はっきり言わせて頂く。
「部下を心配するのは間違ってないと思う」
「なら」
「だけど、時には任せてみたら?」
ラジは、自分にも他者にも厳しいけど、部下に過保護過ぎる部分もある。それは優しさかもしれないけど。
「見捨てるわけじゃない。信頼してみたらっていう意味よ」
草むらに座る私は彼を見上げた。彼もまた私を見下ろすその顔は、何を考えているか読めない。
「これは、彼の為でもある」
いいえ、ナウル君だけじゃない。他の国の血が混じる人達にとって肩身の狭い生き方を変えるチャンスでもある。
「水を感じて! 止まっているのが分かる? 被害はださせないから思いっきりやりなさい!」
私の声に彼は更に手に淡い緑の光を発生させた時、変化が起きた。
光は混ざりそれは形になっていく。
「カッコいいじゃん」
一匹の光る人魚の姿になったそれは、次の瞬間、水の中へ頭から消えた。
直後に地面が揺れる。
「ノア! ナウル君拾って来て! あと皆絶対守るから、騒がず動かないでしゃがんで!」
私は、浅いとはいえうつ伏せでゆっくりと倒れていく彼を見て立ち上がり指示を飛ばす。
暫くして揺れがなくなった時。
「な、なんだあれ!」
「何かが流れた!」
近くの山で閃光が見えた瞬間、何人かが感じたのは。
「まさか…水脈を操ったのですか?」
冷静沈着のリアンヌさんが珍しく言葉に驚きをのせてきた。
「当たり。もっと言えば流れを塞いでいたのは、悪いモノ。だから水だけでなく地の力を使える人でないと不可能。その点、彼は風も使えるから流れる水の道を正確にこの場所に軌道修正もできる」
湖は海とは違い水の動きが悪い。だから悪いモノが溜まりやすいと光が教えてくれた。
「皆ー! ナウル君のお陰で徐々に湖に水は戻るわよー! とりあえず安心だから、ここでお昼食べて休憩しよう!」
私の声に「え、ご飯なんて食べて倒れてる彼いいの?」みたいな声と「これで周囲や湖に生き物が戻るかも」と期待する声を耳にし私は、満足した。
ノアが咥えてきたナウル君の体にふれ風にお願いし治癒をかけた。ただし、顔や腕の浅い部分は、感染症を起こさないようにし、見た目はそのままに。
「ユラ、貴方は」
鈍いラジが気づいたのかな。私は、眠ったままのナウル君の頭をくしゃりと撫で、誰に言うわけでもなく呟いた。
「新しい一歩になるといいね」
どんな血がまじろうとも、ナウル君の魔力の美しさを見れば、わかるはず。魔力はその人の中身を現す。
生まれで人を判断するのは間違っている事を知るべきよ。
「さ、ナウル君は残念だけど、ピクニック気分で頂きましょう! 飲み物とりあえず下さいー!」
私は、何か言いたそうなラジ達をあえて無視した。




