65.彼の死
「おぃ、ユラ」
今日は出発の朝。清々しい空気をめいいっぱい吸い込み、現在朝食中だ。
私は、不本意ながらダッカーから片割れの神器を手にし、この片割れも状態がかなり悪いという事で清めの水とやらに浸した後、体内にいれた。水の国、ミュランに戻ったら元に戻す予定だ。
「おぃって言ってんだろ!」
用意してもらった朝食をありがたく頂戴しながら水を飲もうとグラスを掴み声の主をみれば、マート君だった。
身だしなみはきっちりしている子なのに今日の彼は、柔らかそうな髪の毛は好き勝手な方向に向き、シャツは皺がよっていた。寝ていないのか目が充血していて。
ただならぬ様子に嫌な予感がした。
「どうしたの? 何かあった?」
彼は何かをつき出してきて。
「スーが死んだ」
スフィー君が? 確かに彼は無理矢理生かされていた。でも他よりも長く生きていられるから、手だてを考えると本人やメルベ様も言っていたはず。だが、冗談ではない事はマート君の憔悴ぶりでわかる。
私の掴み損ねたグラスがテーブルに落ちた。そんなのはどうでもいい。私が聞きたいのは。
「…いつ?」
「さっき」
心を抉っているのは自分でもわかってる。でも。
「その感じだと出発前には残り少ないってわかってたのよね? 何で私に教えてくれなかったの?!」
何か光や風に聞けば、相談すれば案がでたかもしれないじゃない。
「アンタに何がわかるんだよ」
下を向いていた彼は、私を睨み付けた。握りしめた手を震わせながら。
「俺だってそう言ったさ! それに離れたくなかった! もうダメならせめて最後まで兄さんの側にいたかった! なのに!」
拒否され、王命まで受けた。
マート君は、泣いてない。けど、きっと泣いていた。
「神器の力は、そういうモノに使うべきものではないと。だけどユラが知ったら、きっと…」
一度下がった腕はまた上がり私の前につき出された。何かを持っているらしい。
「なに?」
「兄さんの伝言が入っている」
「私に?」
「ああ」
揃えて出した両手に小さな多面体の薄茶色の石が置かれた。
「ユラだけが開けられるようになっている」
私は、その石を握り立ち上がった。
「ごめん。少し出発を遅らせて」
借りた部屋に、最初早歩きだったのが、最後は走って戻った。急いだってもう手遅れだとどこかで分かっていても。
『救世主。いえ、ユラ様』
地の国から離れる日を思い出す。スフィー君は、一見変わらない陶器のような口角だけ上がった表情だったけど声は違った。柔らかい、心がこもった声。
『お会いできてよかった。弟をお願いします』
あれは、ただの挨拶じゃなかった。
別れの言葉だったんだ。
「ハァハァ。泣くな。泣くのは後」
走っていたら足元に何かがいた。
「キュキュ!」
白い、今ではいないと落ち着かなくなっている相棒が軽やかに並走している。
「ノア。ついてきたの?」
「キュ」
ノアには敵わないや。
私とノアは、部屋に飛び込み背を扉に預け、荒い息もそのままにその場で右手に握っていたマート君から渡された石の継ぎ目に手をかけた。