64.気まずいかと思いきや ~ ゆら&ラジ
「げっ! まさかの遭遇」
あの台風のようなダッガーが去った夜。私は、お湯たっぷりのお風呂を堪能した後、懲りもせずワインのようなお酒の瓶とグラス片手に一人夜空を眺めながら酒盛りをしようと静まりかえった回廊を忍び足で歩いていた。
あまり建物から離れるのもなぁと思いながらちょっと影になっている小さな屋根つきの確か洒落た風に言えばガゼボだっけ? それを見つけニヤリとした。
ルンルンしながら近づいていけば、もはや見慣れた剣が立て掛けてあるのに気づき、すぐに向きを変えた。
「ひぁ」
「何故逃げる」
遅かったか!
急にお腹と腕を掴まれたので、変な声がでた。軽く浮遊感の後、次にはベンチに座らされていた。悲鳴をあげる暇もない。まぁ危険なら光達が教えてくれるだろうけど。
「あっ、ちょっと!」
ワイン瓶を素早く抜き取られた。没収かと思えば、何処からか取り出した細い武器であろうナイフとは違う棒を瓶の栓にさすと、開けてくれた。
「ありが」
お礼を言い瓶を掴むが、ラジの手は瓶から離れない。じとりと睨めば。
「半分もら」
「やだ」
「明日移動できなくなると困るだろう?」
調理場のお兄さんから奪い、もとい譲ってもらったのだ! 私は飲みたいの!
「い・や・だ!」
攻防は、ラジが折れて終わった。
「ほら」
持ってきたグラスに並々と注いでくれ渡された。そういえばグラスは一個だけ。あまり好じゃない回しのみか? とラジを見たら。
「ちょっとぉ! 一口って言ったじゃない!」
瓶に口をつけて飲んでいる姿にムカつき袖をひっぱれば、少しずれたのか口から溢れそれを腕で拭うラジ。フッサフサの睫毛が少し下がる中にはとろりとした瞳。
くぁ。
なんだコイツハ。
色気が半端ない。
「かなり甘い」
眉間にシワを寄せている。
「人の物奪って文句はなくない?」
でも、そんなに甘いのかな? 好奇心はあるので私もグラスに口をつけた。確かに甘い。でもそこから果実の味が膨らみ後から渋味がきて最後は香りが残った。
「う~ん。確かに甘いけど。でも美味しいわよ。後に鼻にぬける香りもよいし」
甘いと文句を言いながらもまた瓶に口をつけ飲むラジ。上を向くから喉が動く様子がよくわかる。
やばい。
私って変態?
「ノアは?」
「気持ち良さそうにベッドの真ん中でのびてるわよ。神官長さんいわく、地の国で疲れたのかもって。この場所は清んでいるからリラックスできるみたい」
「そうか。身体は?」
「身体? 誰の? ってあ…アレか」
ラジの視線であの宿のやらかし、意識までなくなったのを思いだし恥ずかしくなる。
「朝、少し怠かったけど平気」
小声な自分がなさけない。
「よかった。抑えたが無理をさせた。ダッガーからは何もされなかったか? 殺気が出ていた。護れなくてすまなかった」
えっ、あれでセーブしてたんですか?
私、初めて気を失ったんだけど。
「こわっ! 騎士って体力底なし?!」
「一般の民よりは体力はあると思うが。限界はある」
恐らく意味はわかってないであろうラジは、私の呟きに律儀に答えを返す。
「リアンヌも問題ないと言っていたが、何もされなかったんだな?」
ダッガーが本当に嫌いなんだな。
しかし、しつこい。
「何も…」
ないと言いかけ、強烈なキスを思い出した。強引で。一方的なキスはされた事はあるけれど、あそこまで獣のようなされ方は初めてだった。
「イタタ。な、何よ?!」
頭を上からガッシリ片手で掴まれ横に向かされた。痛いじゃないか!
「吐け」
「はぁ? そんな飲んでないから、気持ち悪くないって、加減してよ! 痛い!」
「そういう意味ではない」
ギリギリと指先に力をいれられる。女子に酷くない? いや、性別関係ない。とにかく早々に止めて。
「あーっ、もう! 怪我はしてないけど、キスはされたわよ。濃いの一発!不可抗力よ! 以上! 離してよ!」
抗議すれば、頭は即座に軽くなった。
が、しかし。
「あっ」
ラジの手は頭上から後ろに移動し、強く引き寄せられたと思いきや口に柔らかい感触が。ちょ、激しいんだけど!
あっ。ずるい。こんなのされたら言えないよ。
最初こそ強引だったけど、力をいれすぎと気づいたのかすぐに柔らかい仕方に変わった。離れそうで離れない絶妙な唇。
「はぁ」
それは角度をかえて最後はなぞるようにされ、離れていった。
くっ。なんて自分は弱い! やられっぱなしの流されっぱなしだ。
「簡単に人に許すな」
いやいやラジさんと思い上を向いたのがいけなかった。月明かりで見たラジは、さらに色気が駄々漏れしていて。女の私が霞むわ。
また顔が近づいてきた。
「…重い」
「罰だ」
キスをされるかと思ったら、腿に頭をのっけられた。目を瞑り腕を組みラジ。なんだかいつもより無防備にみえて、つい髪に触れたらラジもお風呂上がりなのか髪がしっとりしていた。濃い金色は睫毛も同じ色で。手でゆっくりとすきながら、羨ましさがつのり言葉に無意識に出していた。
「綺麗でいいなぁ」
「それは貴方だろう」
閉じていた目は、私を見上げて、ラジの長い指が私の髪に触れた。久々のお風呂だったから、髪も丁寧に洗ったので、サラサラとラジの指の間を流れていく。春の神にあげたから髪の長さは短い。でもラジは、何度も指に絡ませて遊んでいる。目が少しほそまっているのは、楽しんでいる証拠だ。
「ラジの目、綺麗だね」
水の国の人達と異なる色。これはタブーだと思っていたが、ラジの顔色でやはり間違ってないと感じた。
「私の国で琥珀って呼ぶ宝石、鉱物じゃないんだけど、それに似ているの」
無言だ。
でも止まった手は、また私の髪を触りだした。
「この世界に来た時、何処かわからなくて、自分の見た目も変わっちゃって、生まれて初めて我を忘れた。叫んでいたのが自分だって気がつかないくらいに」
懐かしい。そんな経ってないのに大昔のように感じる。
「あの時、ラジの目を見て落ち着いたの。温かくて深い色」
怒濤のような毎日で。こんなゆっくりした時は、今度はいつになるかわからない。だから伝えられる時に。
「最初に会ったのがラジでよかった」
綺麗な琥珀は、真ん丸だ。
「いつも優しくしてくれてありがとう。護ってくれてありがとう。これからも宜しく」
ちゃんと、ありがとうを伝えたかった。
「ああ」
返ってきたのはたった一言。
でも、目を見れば、触られている手を感じればわかる。
「いい夜だね」
しばらく二人で月を眺めた。