61.訪問者
「地の国の王子様といい風の国の王子様といい暇なの?」
つい最近火の国フィルラとの戦を強制的に止めさせた風の国ヴァーリアは、長く戦を繰り広げていた。火の国程の兵の減りはないまでも、国内情勢は決してよいとはいえない。
そもそも最初、海に投げ出されて出会った時、何故ダッガー達はあんな場所にいたのか?
油を売っている場合ではないはず。
何かを調査、探していた?
今になって疑問点が次から次へと浮上してきた。
「相変わらずうるせーな。忙しいにきまってんだろうが。アンタに渡すものがあったから仕方なく来てやったんだよ」
「ちょっと!」
ダッガーが飛び降りたせいで、派手な水しぶきがあがり、もろに浴びた。
「なんでわざわざ近くに降りてくるの!」
「もっと静かに話せ。煩くてかなわん」
キィッ!
「アンタが怒らせる行動をするからよ!」
髪から滴る水が目に入り一瞬だけ目をつぶった瞬間。
「ただでさえ服がはりついて気持ち悪いんだからやめてくれないかしら?」
体に巻きついてる逞しい腕は意外にも悪くない。あと言葉や態度は最悪なのに瞳は癒し系の綺麗なグリーン。お互いがもの凄い至近距離で観察しあう中、先に口を開いたのは。
「なぁ、アンタいつから聞こえないんだ?」
「…地の国にいた時から」
ダッガーの視線は腕の神器から腰にぶる下がっている短い棒に移り片方の口角を上げ笑った。
「成る程ね」
何よ。なんなのよ。
「お前、殺ったな?」
返事はしなかった。
視線も逸らさなかった。
でも肩がほんの僅かだけ。
「当たりか」
コイツが見逃さないはずはなかった。
「ねぇ。厭らしい触り方やめてくれる?」
さっきから背中に回された手が絶妙な力加減で私の肩甲骨をなぞっていく。決して気持ちがいいなんて言わないんだから。
「アンタが聞こえないのは単なる思い込みだ」
思い込み?
睨み付けながら見上げると口は弧を描いている。ムカつくなこの顔。
「でも、聞こえないのよ」
私が光達の声を聞く資格がなくなったとしか思えない。
「アンタが穢れたんなら、そもそもソコに納まってねーだろうが」
少し緩まったダッガーの腕の中で手首をみれば、変わらず腕輪がぶつかり合い涼やかな音が鳴る。
「でも、どうしたら」
「簡単だ」
ダッガーがいつもの感じ悪い俺様な顔になった時。
「ちっ、邪魔が入りそうだ」
ダッガーの舌打ちと同時に現れたのは。
「ユラ!」
緊迫した様子のラジで。ダッガーに強く抱き締められている私をみた彼は、静かに殺気を出した。
「おーこわっ」
「やめなさいよ」
からかうような口調につい口をだせば、更にラジが苛立ちを露にする。
「…ユラを離せ」
私がまるで悲劇のヒロインみたいじゃない。
「アンタとはいずれお手合わせ願いたいが、今は、相手が決まってるんでね。よっと」
ダッガーは、無造作にラジに何かを投げ、それと同時に私を突き飛ばした。
「つった! 何すんのよ! 」
水の中で尻餅をついた私に。
「こーすんだよ」
ダッガーは、剣を抜いた。
「死にたくないなら構えろ」
刃の先は私だ。
──本気なの?
もう、ダッガーは、笑っていなかった。




