59.着いたけど
「快適だわ~」
ぼんやりと風にふかれながら何もない空に解放感を感じつつも。
「なんかメンバー増えたり減ったり出入りが激しいけど、いないとそれはそれで寂しいかも」
「リューを連れ戻すか? まだ間に合うが」
私の独り言にラジが気をきかせて提案してくれた。
「それはない。やっと奥さんと再会できたんだし。まだ目が覚めないのが気になるけれど、尚更リューさんは彼女の側にいたほうがいいもの」
「あの女逃げたんだろ?」
マート君が会話に加わってきた。
「どうなのかな」
本当なのかそれとも。
「目が覚めて体調が良くなったら二人で話し合うんじゃないかなぁ。実際みてない事はわからない」
周りが言うべきではないし。
「それより喉が乾いた」
ポコン
「あたっ! ってえ? 果物?」
テニスボールくらいの大きさの黄色い実が落ちてきた。
「貸してみろ」
マート君が腰ベルトについている袋から小さなナイフを出し上部を切り落として私に返してきた。
小さくできた穴の隙間を覗けば透明な液体がたっぷり。
「ジャスダの実は小さいのは貴重な飲料になる。味は癖があるが水と違い汗をかいた時などに飲むとよいと言われている」
コクリと飲んでみると。
「これ、懐かしい味、まさにスポーツ飲料水そのものじゃない!」
こんな場所で出会えるとは! 一気のみをし、半信半疑ながら礼を言ってみた。
「えっと、聞いていたの? ありがと」
明らかに私の言葉に反応し、大小の実をたわわに実らせている木がガサガサと揺れた。小玉スイカくらいの実もあり、あれ落ちたら洒落にならないから、あんまり動かないでとビクつく私。
「さっきより落ち着いたな」
ラジの言葉に、何故か笑い出すマート君。
「あの騒ぎジャスダが嫌がっていたぞ」
「普通驚くわ!」
多少は年齢に似つかわしくない行動をしたのは自覚している。何に興奮したかって?
今、空を移動しているのだ。それはまあ、耐性はできている。
じゃあなんなんだと言いますと、ノアに乗るのではなく、船に乗って。といっても似ているようなのが船しかなくて形はサンマのような細長い形。
で、何でできているか。会話が分かる植物、ジャスダで作られている。
葉っぱよ? まあ枝とか木だけどさ。落ちても大丈夫な距離なら私だって騒がない。
その編みこまれた隙間から下をみると、家らしきものが点なのよ。わかるかしら? 隙間があるの。
「いや、単純に怖い」
「そうか? 大きさも変えられるし便利だぜ。こっちが世話してやればするだけよくなる」
興味はあるので聞いてみる。
「世話って例えば?」
いつの間にか小玉スイカサイズの実の皮を剥き食べているマート君。ついでにノアも小さい身体にに似合わない大きな口をカパリとあけて放り込まれた果物を嬉しそうに食べており、ラジも食べるかと思いきや、断っていた。
あらかた食べ終え口についた果汁を腕でぬぐったマート君が教えてくれた方法は単純だ。
「歌か魔力」
「ふ~ん。どれ」
でもザックリすぎるので実行してみた。
曲は通勤の時に聴いていた、テンポがよいノリノリのやつ。これから行くって時に暗いのだと余計職場に行きたくなくなるので激しいやつがよいのよ。
心をこめて気持ちよく歌う。空だし誰もいないし声も遠慮なく出させてもらう。けっこう気持ちいい。だけど、まだ序盤だというのにマート君の叫びで中断させられ、その瞬間足元がぐらつく。
「ふがっ、な」
「ユラ! あんた何やってんだ!?」
「乱暴にするな」
マート君が何故か私の口をふさいだので抗議しようと暴れれば。代わりにラジが言ってくれた。よし、流石私の味方!
「マトリュナス様!」
地の国から一緒に来ている数名の兵士さんが慌てた様子で走って来て。
「畏れながら今、何をなさいたしたか?! ジャスダが急に弱り始めました!」
焦る兵士が口を塞がれている私を見た。
「まさか…歌をうたわれましたか?」
「ふごっ」
塞がれていて返事もうまくできないので、マート君の腕をバシバシ叩いて抗議してみたら。
「いいか! 離してほしければ絶対に歌うな! 上を見てみろ! 墜落させる気か?!」
理由もわからず怒鳴られ怒りが爆発しかけていた私は、言われた通り上を向いて一気にしぼんだ。
少し前迄は元気いっぱいで青々しているはずの葉が、下をむき、しかも茶色くなりかけている !少しだけ緩くなり自由になった口で聞いてみた。
「何で茶色?」
「アンタだよ!」
マート君の表情は本気だ。しかし、私って別に何もただ…。
「分かったか。アンタの声が枯らしかけたんだ! 普通こんなすぐに影響はでないんだよ。よっぽどアンタの声が嫌なんだな」
すぐ側にいたラジは、ため息ひとつ。
「キュイ」
ご機嫌斜めのノアにまで気の毒がられているのは何故?
もしや、学生時代の音楽の授業から、たまに行くカラオケ…誰にも指摘された事はない。いや、そういえばカラオケの点数とか最近の記憶がない。
…ちょっと泣いていいかしら。
※ ※ ※
「まさに夢の島」
宙に浮いている小島に降りた私は、不思議な感覚をうけていた。目的地へと移動し時間にして6時間後に到着した。
「ユラ様、大丈夫でしたか?」
先行していた船に乗っていたリアンヌさんが気遣ってくれた。
「音痴は命取りだと学びました」
「歌でしょうか」
私の表情を読み取った察しのよいリアンヌさんは首を傾げながらも話を切り替えてくれた。
船着き場のような場所に降り立って周囲を見渡せば空には虹がかかり、山の麓の崖からは小さな滝からは、流れる水の音が響びき色鮮やかな鳥が舞う。
どうやら奥にあるアイボリー色の建物から数人の人が出てきたようだ。
その中でも一際目立つ女性が駆け寄ってきて。
「ラジウス!」
「レナー様」
ラジは、よろめいた女性を抱き止めた。彼女の金の長くゆるく波立つ髪が真っ白な背中に広がっていき絵画みたいだ。親しげに笑いかけるスレンダー美人にまた、いままで見せたことがない困ったようなラジの素の顔。
誰、その人。