56.安堵その後に
「あの灯りの所でしょ? もうすぐだから降ろしてよ」
リューさんのいる救護室は思っていたよりも距離があり恥ずかしさに耐えかねてきて、さっきからラジに抗議をしてた。
「無視しないでよ」
このやり取りが何回続いたか。ラジに抱っこされているのを他の人にもだけど特にリューさんに見られたら絶対何か言われる。恥ずかしい気持ちがわからないのか!
「天誅!」
ずっと知らんぷりのラジに、痺れをきらした私は自由な右手でちょっと本気のチョップをくらわしてみれば。
「煩い…落とす」
こわっ。本気で睨まないでよ。また眉間にシワできてるし。なんとなくシワを伸ばそうと指を眉間に伸ばせば動いているからずれて目に指が。
「ユラ」
「わかったわよ。 じっとしてればよいんでしょ!」
若い時ならトキメキが発生するかもしれないけれど、もうそんな時代は通り越してしまっている。見た目が若かろうが中身は27歳だから辛い。
「ここだ」
宿屋兼飲み屋が救護室になっているらしい。外でなんとか降ろしてもらった私は、年季の入った扉のとってを掴もうとして手を止めた。
「入らないのか?」
「いや、ちょっと」
いきなり動かなくなった私を不思議に思ったんだろう。だってさ。この中にいる人達は、私が加減しないで力を使ったせいで怪我したって事だよね。
「何を気にしているか知らないが、怪我はユラのせいではない」
「でも私が力を使った余波でしょ?」
「いや」
何が違うのか。術がとけたのか、いつもの鋭さがあるラジの容姿を見上げれば、予想外の言葉が。
「まだ公になっていないが、暗殺された」
どういう事?
「暗殺って誰が?」
ラジは、言葉にしないで口だけ動かした。それは、この国のトップの名前だった。更にやっと聞き取れる声で囁かれたのは。
「ヴァーリアが関わっている」
風の国が?
あの二人の顔が過った。
「なんで」
「その話は後だ。だからユラのせいではない。入るぞ」
考える間をくれないラジは、ドアの取っ手を掴んでいた私の手ごと握り引きドアベルの軽快な音を響かせ大きく開かれた。
「満員の状態を予想していたんだけど」
てっきりひしめき合っているのかと思えばいたのは数人だけ。ただ薬草の匂いと椅子がつなげられその上に寝ている人や、テーブルに頭をつけ寝ている人などがいた。
「軽症がほとんどだったから帰したよ」
私の疑問に答えてくれた人は丸い眼鏡をかけ痩せた若い男性だった。その人は、ソファーの丁度影になっていた場所から顔をだしていた。
「やあ。怪我人…じゃあなさそうだね。誰かを探しに来たのかな?」
のんびりした口調がなんだか和むな。私がぼんやりしている間にラジが二人がいるか確認をしてくれた。
「そうだ。ミュランの者が此方で治療を受けさせてもらっていると聞いた」
「あー、その二人なら上の部屋だよ。なんせ皆まだ警戒しているから部屋のが安全かなって思ってね」
ラジには珍しくほっとしたような顔をしていた。
「それは、助かった」
余所者だから疑われたりする場合もあるか。なかなかシビアだな。
「上に行こう。階段は向こうらしい」
「わかった。ちょっと、自分で歩くわよ」
ラジにまた抱えられそうになったので断固拒否をし部屋まで歩いた。
目当ての部屋のドアを小さくノックしラジが部屋に。私も勿論それにつづいて入室したら。
「リュー」
「ラジ。そっちの手伝いしないで悪いな」
「構わない」
部屋の中は頼りない小さなランプの灯りのみ。あとはセミダブルのベッドと二脚の椅子とテーブル。
「嬢ちゃんもわざわざ来たのか?」
「何よ、来ちゃ悪い?」
心配したのに。
「あー、怒るなって」
「失礼しちゃうわねノア」
「キュキュ」
襟元から顔を出したノアが賛同してくれたので、つり上がりかけた眉毛をなんとかおさえ、リューさんとベッドに寝かされているミュリさんをみた。
「リューさんは、痛くない?」
「ああ。まぁ腕は訓練次第で少しはマシになると下の医者に言われたよ」
枯れ枝まではいかないけれどリューさんの腕は細くなったまま。あと。
「それは?」
地下にいた時より随分薄くなっていたけれど、顔半分のひび割れたような模様はそのまま。
「特に怖がられるだけで問題ないさ。それより」
リューさんは、ベッドに横たわる人、ミュリさんを悲しそうに眺めた。
ミュリさんは、頬がこけてしまっているけれど、長い水色の髪の女の子の容姿は目を瞑ったままでもとても可愛いかった。
「長期に亘り恐らく力を無理に引き出された影響か、いつ起きるか、いやそもそも目覚めるか分からないと言われた」
確かに呼吸をしているのか分からないくらい動きがない。どうにかできないのか。
「ノア?」
急に胸元が涼しくなったと感じれば、ノアは飛び出しミュリさんの近く、上にのっかりミュリさんのオデコに身体を寄せた。私以外の人には近づきも、ましてスリスリなんて見たことがない。軽くショックと怒りが芽生え。
「ノア! ミュリさんは具合悪いんだから降りなさい」
私の声にも無視。なんてヤツ。やっぱ美人がいいわけ?
私にべったりだったのに。
「ユラ、見てみろ」
ノアをミュリさんから離す為にノアの首根っこを掴もうとした時、ラジに言われて渋々覗きこめば。ノアは、自分の額とミュリさんの額をくっつけていて、そこから青く淡い光が発生していて、その光がおさまりノアは私の肩に登ってきた。
「ノアお前凄いな」
「フンッ」
リューさんの信じられねぇという呟きにノアのどうだと言わんばかりの鼻息と反り返りポーズを横目にラジに聞いてみる。
「これで助かる?」
「詳しくないが恐らくは」
ノアが触れたミュリさんのオデコの黒かった模様は、いまやとても綺麗な水色に変化していた。リューさんの額も確認したら、やっぱり黒から水色に。
「ミュリだから力を貸してやったんだろう」
ラジは、言い伝えみたいなものだったがと教えてくれた。
「ミュリは、国で随一の力を持ち、また清い力は神獣に好かれると言われているが、どうやら本当のようだ」
「そっか。とりあえず良くなるといいな」
さっきより確実に呼吸しているのが分かり、嬉しそうなリューさんをみてこっちも少し気持ちが楽になった。
※ ※ ※
「で、なんで二人部屋?」
救護室の近くの宿を一晩借りる事になったけど、同室はリアンヌさんではなくラジだった。
「後で交代で替わる」
「…そう」
外で寝なくてすむのでありがたいけど。もう、わりきるか。疲労に勝てるはずもなく、すぐに私は眠りについた。
ぐっすり眠れるはずだった。
なのに夢の中は残酷で。あの地下で私が消してしまった人達が出て来て、追いかけられ、人殺しと囁き周りを取り囲まれて。
「いや!」
「ユラ」
揺すられ目を開ければラジがいた。
「あ…夢か。ごめん起こした?」
絶対叫んでいた。
だって、まだ心臓がバクバクしている。
「ラジ? どうし…」
強くて抱きしめられて。
「何も考えるな」
言われたと同時に唇が塞がって。
こんなのいいわけない。
けれど。
──止まれなかった。